NICT門脇直人:みちびきの通信機能の使命は、重要な情報を確実に伝えること
国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT) 執行役/ワイヤレスネットワーク総合研究センター長/オープンイノベーション推進本部長 門脇直人
2018年度から4機体制のサービスを開始するみちびきには通信機能が備えられ、衛星安否確認サービス「Q-ANPI」として、災害時に避難所の情報を受信し、管制局に送信する役割を担うことが検討されています。今回は、事業推進委員会の委員として、通信機能に関わる部分の技術開発の確認を担当するNICTの門脇直人氏に話を聞きました。
人のいない場所のデータは、実はとても大事
── まずご自身の紹介も兼ねて、NICTでのこれまでのお仕事について教えていただけますか。
NICTの前身の電波研究所(1952年発足。1988年に通信総合研究所へと名称変更し、2004年の統合以降は情報通信研究機構)に入ってから30年以上経ちますが、研究者として一貫して衛星通信の研究に携わってきました。2008年7月から5年間ワイヤレスネットワーク研究所長、2016年4月からはワイヤレスネットワーク総合研究センターのセンター長をしています。
私自身が関係した衛星プロジェクトとしては、まずETS-V(きく5号、当時のNASDAが打ち上げた技術試験衛星)があります。これは移動体衛星通信の技術開発を実証する衛星で、のちにインマルサットが実用化している船とか飛行機で使われる技術に発展しました。その後、ETS-VI(きく6号)でミリ波帯の衛星間通信の技術開発に携わりました。私の仕事の中で一番大きなプロジェクトはWINDS(きずな、JAXAと共同で打ち上げた超高速インターネット衛星)です。この衛星は2008年に打ち上がりまして、現在も各種実験に利用されています。私はNICTにおけるプロジェクトリーダー的な立場で、いろいろな搭載機器の開発を担当しました。現在は、開発が始まった次期技術試験衛星にも関係しています。
── さまざまな通信衛星のプロジェクトに関わってこられたわけですが、通信衛星の役割はこれからもどんどん広がっていくのでしょうか。
光ファイバーネットワークが普及し、携帯電話でも高速通信ができるようになって、日本は国土がそんなに広くないので、衛星通信はもう要らないのではないかという考えが出てきた時期もありました。しかし今、通信は人と人が話をするだけではなく、IoT(Internet of Things、モノのインターネット)という形で、いろいろなところにばらまかれたセンサーのデータを集めることにも使われるようになってきました。
人のいない場所のデータは、実はとても大事です。例えば海です。海は地球全体の気象や災害などにも関係しているので、海のデータを集めることは社会にとって非常に重要です。海岸に近いところは地上の電波が届きますが、遠くまで離れてしまった海上でデータを取得するには衛星を使わざるを得ません。
このように、今までとは違う形での衛星通信の役割が、これから重要になると考えています。農業や漁業など、広いフィールドで活動する産業にとって、衛星通信は親和性が高いのではないかという気がしています。また、最近は旅客機でもインターネットがつながるようになってきましたが、需要に対して通信のキャパシティはまったく足りていません。すべての旅客機で乗客がインターネットに接続できる通信サービスをするには、これから取り組まなければいけない技術的な課題もたくさんあります。
測位衛星と通信衛星では運用が異なる
── みちびきに関してはどのようなお仕事をされているのですか。
みちびきに通信機能を付加することになり、衛星通信分野の専門家の助言等がほしいということで、このプロジェクトに関わることになりました。今は事業推進委員会で、通信の機能に関わる部分に関して要求を満たすだけの妥当な技術開発ができているかを見させていただいています。
── みちびきに通信機能が加えられたことに関しては、どのようにお考えになりましたか。
測位衛星と通信衛星では、運用の仕方が異なる面があります。測位衛星は軌道と時計が非常に重要なので、衛星の軌道を変えるような運用の仕方をきらいます。一方、通信衛星は、マヌーバ(Maneuver)と言いますが、時々エンジンを噴射して一定の位置にとどめていますので、軌道が不連続に動いてしまいます。そのようなわけで、測位衛星の機能と通信衛星の機能を一つの衛星に持たせるのは非常に難しいのではないかと思っていましたが、このプロジェクトでは、双方を両立できるような工夫がなされています。みちびきで通信ができるようになったことは、非常に大きな進歩であると思っています。
── みちびきの通信機能の特徴は何ですか。
みちびきは周波数がSバンド、すなわち2ギガヘルツ帯を使います。この周波数帯は、海上衛星通信などで一般に使われているLバンドと異なる周波数になりますので、他の衛星通信と競合しないで使えます。もちろんSバンドを使っている通信衛星もありますが、その数は少ないですし、軌道が違います。その点で運用上は、Lバンドの通信衛星に比べて楽なのではないかと思います。これからの通信衛星の利用という観点からすると、周波数の異なるいろいろな種類の通信システムが併存し、ユーザーからの多様な要求や新しい要求に応えられる形になっていくのが望ましいところです。その一つとして、みちびきの通信機能は重要なポジションを占めることになると思います。
災害時の即応的な手段は、やはり衛星しかない
── みちびきが持つ通信機能は、災害時の安否確認サービスに使うことが検討されていますね。
大規模災害があった場合に、多くの皆さんの安否情報を扱うことを計画しています。小さな情報がたくさん飛び交うような通信の形態は、衛星は本来あまり得意ではないのです。しかし、例えば避難所みたいなところで、情報をある程度集約した形で通信するなどの工夫がされています。みちびきは周波数がSバンドで、帯域的にはあまり広くありませんが、少ない帯域を効率よく使って安否情報を集めることができるシステムになっていると思います。避難所に直径数十cmのアンテナを置いておけば、十分通信ができます。
── 大規模災害が発生した場合に衛星が果たす役割は非常に大きいと思いますが、いかがですか。
そのとおりですね。東日本大震災では地上のインフラが壊滅状態になってしまったという経験をしています。そのような状況になった時に被災地からどうやって情報を送るかというと、衛星しかないんですね。私どもの研究所でも東日本大震災の際に研究者がボランティアとして実験衛星「きずな」用のターミナルを持って宮城県の気仙沼まで行きました。本当に衛星以外に通信に使えるものはなかったということです。何か起こった時の即応的な手段を考えると、やはり衛星しかないのではないか思います。時間が経てばだんだん復旧してきますので、いろいろな通信手段が使えるようになるわけですが、最初の数日間、救援活動にとっても特に大事な期間の通信手段としては衛星以外にありません。ですから、みちびきの通信機能を使った安否確認サービスは非常に重要だと思います。
継続的な技術開発でシステムの完成度を高めるべき
── みちびきの通信機能は安否確認以外にも利用できますか。
さきほどIoTについて申し上げましたが、データに正確な位置情報を付加できるのであれば、IoT的な使い方を考えるのは十分に価値のあることなのではないかと思います。私は、衛星通信システムというのは非常時専用のシステムではいけないと思っています。ふだんから使われていないと、いざという時に使えないのです。ですから、非常時に使うことを意識しながら、ふだんも何かに役立てていることが必要ではないかと思います。
── みちびきの今後に期待していることは何ですか。
災害が起こった時に重要な情報を確実に伝えることが、みちびきの通信機能の一番大きな使命だと思います。その機能が実用のシステムとしてきちんと動くことを、まず期待しています。2つ目としては、その通信機能がふだんも使われ、特に新しいIoT的な使われ方で社会の役に立ち、いろいろな価値を生み出すことを、衛星通信に携わる者として期待しています。
これから打ち上がるのは、いわゆる実用準天頂衛星としての最初の衛星ということになるわけです。運用を重ねるに従って、こういう機能があったらいいのではないかとか、性能はこれくらいほしいとか、新しい要求が間違いなく出てきます。そういうものに対する技術開発を継続的に行い、システムとしての完成度を高めていくべきではないかと思います。
── ありがとうございました。
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