セイコーウオッチ 千田淳司:時計の3要素を満たすため、みちびき対応は必然だった
セイコーウオッチ株式会社 セイコー第一企画部 課長 千田淳司
2012年、世界初のGPSソーラーウオッチASTRON(アストロン)を開発したセイコーウオッチ株式会社は、2年後に発売した第2世代機でいち早くみちびきに対応しました。GPSソーラーウオッチの開発に至る道のりとみちびき対応への経緯について、同社セイコー第一企画部の千田淳司課長に伺いました。
GPS対応で「正確さ」を極める
── 御社のASTRONは、GPSソーラーウオッチということですが、GPSはどのように使われているのでしょうか。
千田 ASTRONは、運針はクオーツ、電池はリチウムイオン二次電池で、それを充電するためにソーラーを使っています。そしてクオーツ式時計を正確な時刻に補正するために、GPSなどの測位衛星を使用しており、通常は代表してGPSと言っています。GPSソーラーウオッチであれば、地球上のどこでもその場所の正確な時刻を素早く示してくれます。さらに、外部充電が不要なスタンドアローンのソーラー式を採用したことで、光が当たるかぎり動き続けるという特徴があります。
── ということはGPSから「位置」「時刻」両方の情報を取得して時刻を合わせているのですか?
千田 そうですね。4機以上の衛星の電波を受信して、自分のいる緯度・経度・高度を特定します。タイムゾーンは原則として緯度・経度に沿って分かれていますが、国境や河川の影響などで若干凸凹があります。ASTRONは、時計の中に地球上を100万分割ぐらいのパッチワークにしてどこがどのタイムゾーンかというデータを入れており、それと照合して正確な時刻を決めます。
時刻だけならボタンを約3秒間、長押しすれば、6秒から10秒で情報を受信できます。タイムゾーンを考慮しなければ1機だけ受信すればよく、もっと素早く受信できますが、私どもは2012年の最初のモデルから4機受信で位置情報もしっかりと把握する製品として設計しています。
開発のポイントは「省電力」
── 技術的に大変だったのはどんなところですか。
千田 もっとも大きなポイントは「省電力」です。GPSはスマートフォンにもデジタルカメラにも、あらゆるものに搭載されているので、私どもはGPS自体に大きな付加価値があるとは考えていません。「GPS対応を、外部充電を一切必要としないソーラーだけで成立させている」のが、実はASTRONのいちばんの特徴です。
GPSというのは、時計のムーブメント(動力機構部分)に比べると、非常に大きい電力を消費します。通常、腕時計を駆動させるのに必要な電力が1マイクロワット程度とすると、GPSは、開発をスタートした2006年頃でそれと3~4桁違いました。当時の担当者にしてみれば、「GPSソーラーなんて、夢でしかない」というのが率直な感想だったでしょう。
── それが今、成立しているのは、GPSの消費電力が減ったせいでしょうか、それとも太陽電池の出力が増えたのでしょうか。
千田 省電力の新しいGPSモジュールの発売がブレイクスルーのきっかけでした。第1世代のASTRONでは従来の5分の1まで省電力化を実現しました。また、通常のGPSアンテナは平面のパッチアンテナですが、私どもは独自のリング式アンテナを開発しました。
リング式アンテナは文字盤のダイアルリングの中に隠れていて、(文字盤を空に向けなくても)歩いている間に素早く受信ができます。1日1回、太陽光を感知すると5秒以内に自動受信を実行して時刻を合わせるので、気がつかないうちにいつでも10万分の1秒という精度の時計になります。受信時間が短いほど電力消費が減りますから、リング式アンテナもGPSソーラーウオッチの誕生に大きく寄与しています。
また、スマートフォンなどで使用するリチウムイオンバッテリーをASTRON用に開発するなどさまざまなもので省電力を積み重ねた結果として、2012年に初代のGPSソーラー式ASTRONが誕生しました。
常に真上にいるみちびきは魅力的
── 2014年9月に発売された第2世代モデルからみちびきに対応しました。かなり早い対応だと思いますが、理由をお聞かせください。
千田 私どもが腕時計をつくるときにもっとも重要視しているのは「お客様価値」なのですが、その具体的な中身は「正確であること」「止まらないこと」「美しいこと」の3要素に集約されます。みちびきに対応したのは、ASTRONという大切なブランドのお客様価値を高めるためです。東京のように都心部の高層ビルに囲まれて空が少ししか開いていないような場所でも、真上からの衛星の電波が受信できて、常に正確な時刻を得ることができるのは、ASTRONにとって非常に大きな魅力です。
みちびき対応に伴って入れ替えた第2世代モデルのGPSモジュールはさらに省電力化が進み、第1世代の2分の1に消費電力を抑えることができました。それに伴い電池も小型化できて、ケースの直径が47mmから45mmに、厚さが16.5mmから13.3mmになり、容積にして約30%減らすことができました。もう、すでに標準的な腕時計のサイズになっています。
腕時計の価値は、正確で、止まらず、美しいこと
── GPSウオッチというと、最近はスポーツやアウトドア向けの製品が増えていますが、そのすみ分けはどのようにお考えでしょうか。
千田 セイコーウオッチは基本的にスタンドアローンで動く腕時計のメーカーです。スポーツやアウトドア向けの製品が増えていますが、そうした他社の製品群とのもっとも大きな違いは、外部充電の有無です。また、スポーツやアウトドア向けの商品はナビゲーションやランニング、アウトドアといった目的を支援する電子機器ですが、ASTRONは、あくまでも身につける腕時計です。
ですから、「時計本来の愛着を持って長くお召しいただく」というところから今すぐ外れることは考えていません。弊社にとってGPSは、腕時計メーカーとしてお客様価値を高めるための新しい技術である、という位置づけです。
── 今後、ASTRONはどのように進化していくのでしょうか。
千田 方向性として3つに分かれると思います。1つは、より高機能化していく方向。もう1つは、グローバル市場を狙って今より抑えた価格帯でより多くの方に使っていただく方向。そして3つ目は、今すぐ完璧なものはできませんが、より小型化して女性のニーズに合わせていく方向です。今、それぞれのベクトルで開発を進めています。
先ほどお話しした「正確であること」「止まらないこと」「美しいこと」という3つの腕時計の価値の中で、私どもがもっとも重視している「正確さ」で言えば、衛星が積んでいる原子時計以上に正確なものはない訳です。しかもGPS対応で、世界中どこにいても正確に位置が分かる。そのための衛星測位ですし、常に天頂近くから電波を受信できるみちびきの4機体制には期待しています。
── ありがとうございました。
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