海上保安庁 石川直史:衛星測位と音響測距で海底の地殻変動を観測
海上保安庁 海洋情報部 技術・国際課 石川直史
海上保安庁は、「衛星-測量船」と「測量船-海底基準局」のそれぞれの位置関係を正確に測って組み合わせることでセンチメータの精度で海底の動き(地殻変動)を捉える「GPS/音響結合方式」の技術を確立し、継続的な観測を行っています。5年前の東日本大震災でも地震前後の海底の大きな動きを捉えているほか、巨大地震の震源と予想される南海トラフ沿いにも、海底基準局が設置されています。今回は、この技術について海上保安庁 海洋情報部 技術国際課の石川直史さんに聞きました。
東日本大震災では「24mの移動」を観測
── なぜ海上保安庁がこの仕事を手がけることになったのでしょう。
石川 海洋情報部は、1871(明治4)年に兵部省 海軍部 水路局という名前で海の測量や海図作成などの水路業務を開始しており、140年以上の歴史がある組織です。海の測量には、海上での測位技術と水中音響技術が重要となりますが、海洋情報部は、衛星測位の分野でも初期のころから取り組んできました。
これらの技術を応用して海域での地殻変動を捉えるため、1990年代後半から海底地殻変動の技術開発に着手しており、実際に観測を始めたのは2000年に入ってからです。GPSの解析ツールが充実し利用技術が進んできたことが、この技術の進展にも大きく関わっています。
── 船舶は測位衛星利用部門としては、先導的な存在ですね。
石川 GPSの登場以前からロラン、オメガ、デッカなど地上施設を使った電波航法が利用されてきました。ただ航法で用いる場合、必要とされる精度はせいぜい0.1マイル、ざっと100mあれば十分でしたし、GPS登場以降も要求はその程度でした。
── 海底の動きをセンチメータのオーダーで測れるというのは、測量船の位置もその精度で把握できるということですよね。海の仕事をする人たちにとって「洋上でセンチメータ級の測位」は荒唐無稽なものでしたか?
石川 そうですね。手がけた当初は研究要素が強く、技術開発も手探りだったと聞いています。
── センチメータオーダーの最初の成果は?
石川 宮城県沖の海底で2002~04年の観測データを解析した結果、「年間8cmの速度で北西方向に動いている」ことを確かめ、発表しました。
── 東日本大震災での海底の動きはどの程度でしたか。
石川 震源のほぼ真上に当たる宮城県沖の観測点では、東南東へ24mの移動と3mの上昇が観測されています。釜石沖の観測点でも23mの移動と1.5mの上昇が記録されました。
── センチメータオーダーの計測を長年継続してきたからこそ、「24mの移動」にも説得力があるわけですね。これは、日本独自の取り組みでしょうか?
石川 アイデア自体は1980年代に米国のスクリプス海洋研究所の研究者が出していますが、これだけの規模で観測を継続しているのは日本だけです。
超音波の信号で海底基準局との距離を測定
── 測量船のセンチメータの位置精度をどう実現しているのでしょうか?
石川 陸上で測量に使われるキネマティックGPS(*)と呼ばれる手法を、洋上でも使えるように工夫しています。ただ通常のキネマティックGPSでは、陸上の基準局と移動局の距離(基線長)は10~20km程度ですが、この計測では少なくとも陸地からは数十km離れています。100km以上になる場合もあります。
(*)キネマティックGPS:基準局と移動局で同時にGPS衛星からの電波を受信し、固定された基準局からの相対位置として移動局の座標を導き出す手法。
── 具体的な測量の段どりは?
石川 GPSのデータ取得と同時に船の姿勢も計測しつつ、さらに船底に取り付けられた音響トランスデューサー(Transducer)から超音波の測位信号を発射し、海底基準局との間の往復時間を記録します。超音波は概ね10秒間隔で発射し、1カ所の海底基準局に対し1300~1400ショットを行います。
── 海底基準局というのは、どのようなものなのでしょうか?
石川 音響ミラートランスポンダ(Mirror Transponder)と呼んでいますが、超音波での呼び出しを受け、一定時間後に超音波で信号を返す機器です。
── 測深(水深の測定)や魚探にも超音波を使いますね。超音波の往復時間で、測量船から海底基準局までの距離を求めるわけですね。
石川 水中では電波が届かないため使えるのは超音波だけです。大出力が必要とされるのはもちろん、超音波を発生するトランスデューサーは、理想的な「点音源」に近い位相特性となるよう、形状等に工夫を加えたものが使われています。
将来的な課題は、リアルタイムでの観測の実現
── 衛星測位では大気圏補正や電離層補正を行いますが、似たような事情は海中でも?
石川 水中の音速は、水温や塩分濃度によって変動し、水圧によっても変わります。表層の水温は季節によって大きく異なり、観測頻度も多くはできない。音速も未知数として解析の中で補正を行うような工夫もしています。
── 得られたデータはどのように活用しているのでしょうか。
石川 政府の地震調査研究推進本部の地震調査委員会などに成果を報告しています。
── この技術の将来像としてどういうイメージをお持ちですか?
石川 測量船を出すのではなく、固定されたブイを使って連続観測を行うアイデアもありますし、最終的には、陸上で国土地理院が行っているような連続観測を海底でも行うことだと思います。現時点ではもちろん難しいですが、究極はそれだと思います。
── 海上でのセンチメータの精度の測位も、将来的なニーズはあるということですね。ではみちびきへの期待は?
石川 現在、リアルタイムでの観測に向けた研究が大学を中心に行われています。課題は多くありますが、海上測位については高精度のリアルタイム測位が不可欠です。さまざまな手法が検討されていますが、みちびきの補強信号の利用も可能性の一つでしょう。
── ありがとうございました。
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