測位衛星技術 鳥本秀幸:みちびきに最も必要な事は、ユーザー基盤の創造
測位衛星技術株式会社(GNSS)代表取締役社長 鳥本秀幸
みちびきの利用拡大に欠かせないのが、衛星からの信号を受信する受信機の開発と普及です。今回は、みちびきの監視局や利用実証に採用されている受信機の開発を早くから海外メーカーに働きかけ、現在は米国大手受信機メーカーの代理店となっている測位衛星技術株式会社(当時)の鳥本秀幸氏に、話を伺いました。
1980年代のGPS黎明期から衛星測位事業
── まず、御社が衛星測位の事業に取り組まれたきっかけをお話しいただけますか。
鳥本 1985年に米国で、後にGPS受信機の大手メーカーになるトリンブル・ナビゲーションの副社長だったビル・デューピン氏と知り合ったのが直接のきっかけです。彼に「これからは位置情報の時代になる」と口説かれ、翌年、(同社の)日本支社を立ち上げました。
その頃、ちょうど出始めていた「カーナビ」に衛星測位が使えるのではないかと考え、カーナビメーカーと自動車メーカーに売り込み、1987~88年にかけて世界初のGPSの導入が始まりました。また、GPS精密測量機を国内導入した時にも、国土地理院が行った公共測量作業規程の作成に携わったりしました。それから約10年で日本のGPS市場の基礎ができたのです。
その後、テレビの受信アンテナを製造・販売しているDXアンテナ社がGPS事業を始めるのに加わりましたが、受信機はもうかなり普及していたので、今後はユーザーがやりたいことを提供するシステムを主な業務にしようと考えました。これが、現在わが社が提供する衛星測位技術を応用したさまざまなシステム作りにつながっています。
2002年にDXアンテナ株式会社から独立して設立したのが、測位衛星技術株式会社です。現在の主力事業は、ユーザーの目的を実現するソリューション型のシステム開発と測位技術を応用した屋内測位技術開発(IMES [Indoor MEssaging System]のLSI化とその製品群)です。ソリューションシステムに組み込むエンジンとしては、海外メーカーの製品を利用するため、世界の代表的製品を取り扱うようになりました。
マルチGNSS受信機メーカーに開発を依頼
── 御社はJAVAD・GNSS(以下、JAVAD社)のDELTA受信機を輸入販売し、みちびきの監視局にも採用されていますが、JAVAD社がみちびきに対応した受信機を開発することになった経緯を教えてください。
鳥本 衛星測位システムの要素として、宇宙部分、地上部分、ユーザー部分の3つのセグメントがありますが、将来の成功を決定する大きなファクターはユーザー規模だと思います。それには世界で技術的にも優れた世界標準の機器に利用機能が入り、世界で多くのユーザーを確保することが重要と考えました。特にみちびき特有のPPP測位(高精度単独測位)機能を現行のGNSS標準受信機に組み込むには、主LSIの構造、容量、消費電力などの点で簡単ではないと判断し、数年前からメーカーのトップと協議し、説得し続けて開発をさせました。
現在、世界市場で広く認められているGPS受信機メーカーは5~6社しかありません。それらのどの会社も、担当部門は100~200人と小規模です。なぜ大きくなれないかというと、GPSを必要とする分野は数多くありますが、特に高精度型受信機は量的に需要がまとまらないからです。
世界のユーザーが対象のGPS用高精度受信機でさえそうなのに、まして市場規模が小さく、商業的採算が見通せない地域限定の衛星測位システムに対応した高精度型受信機を、いったい誰が提供してくれるのだろうという危機感を持ちました。この問題を解決するには、すでにマルチGNSSの受信機を世界中に供給しているメーカーに働きかけ、みちびきに対応したものを作ってもらうしかないと考えたのです。
日本でみちびきの仕様が発表される度に各メーカーの技術責任者を訪問し、対応する受信機を作れないかと依頼して回りました。ほとんどのメーカーは「4つのグローバルシステムに対応していればローカルなシステムに対応する必要はない」と、良い返事をくれなかったのですが、JAVAD社だけがやろうと言ってくれて、対応する受信機を開発できました。
強みは独自の補強データを出せること
── 4つのグローバルシステムとみちびきの差別化のポイントは何だと考えられますか。
鳥本 高精度測位補強データサービスだと思います。アメリカではNASAのJPL(ジェット推進研究所)がグローバルDGPSという、動いているものでもセンチメータ級の精度で位置情報が出せる補強データを提供しています。それを知っていましたから、みちびきの開発当初から「独自の補強データを提供すべき」と言ってきました。
── 簡単に言えば、受信する際に生じる測距誤差に対し、もともと正確な位置が分かっている電子基準点やモニタ局の受信データに基づいて計算した補強情報をみちびきから送れば、さらに高精度な測位が可能となるという訳ですね。
鳥本 現在のみちびきは、サブメータ補強やセンチメータ補強の提供などでその方向に進んでいますから、よかったと思っています。
ただ、みちびきのPPP補強信号の機能を組み込む場合、受信機を作る側は、チップの設計から変えないと対応できないというハードルがあります。補強信号は受信後にデコード処理する必要があるのですが、従来のGNSS受信機にはそのプロセスがなく、小型化・省電力化と、補強信号への対応を両立するには、チャンネル数を増やしたチップを新たに開発する必要がありました。JAVAD社が対応できたのは、マルチGNSS対応受信機の開発で新チップを作るタイミングに、みちびき対応をちょうど入れ込むことができたからなのです。
── これから4機体制になりますが、今後のみちびきの課題は何でしょうか。
鳥本 PPPのような要求度の高い測位精度補正サービスを国内外に提供することにより、世界市場において日本の衛星測位システム利用を普及させ、世界インフラとしてのシステムの長期安定を図ることが最も大切だと思います。それにはサービスを日本だけに閉じるのでなく、みちびきがシステム的にカバーするエリア全体にできるだけ広げることを考えていただきたいと思います。そうしなくては受信機の数を増やせませんし、価格も安くなりません。
米国でもGPSを有料にするか無料にするかという議論がありましたが、結局「無料」にして、現在は世界の利用者市場でデファクトスタンダード(標準的な規格)になっています。全世界で使われていれば、もし国が財政危機になっても、政府の一存で勝手にやめられない。システムを維持し続けるのにもっとも効果的なのは、全世界で使ってもらうことだと考えたのです。そして、実際そうなっています。
日本のみちびきも同じです。ユーザー基盤をきちんと作ることが、システムを維持し続ける唯一の方法だと私は考えています。中国や東南アジアでもみちびきが使えるようになれば、需要は爆発的に増えます。そうすれば、JAVAD社以外の大手メーカーも、ビジネスチャンスと見て、みちびき対応の受信機を作ると思います。日本だけでは市場に限りがありますから、ぜひ海外も視野に入れたサービス展開を検討していただきたいですね。
── ありがとうございました。
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