「日々の座標値」とは何か?
日本の国土はプレート運動を反映し複雑な動きを見せています。その動きを正確に把握するため、国土地理院では、電子基準点で受信したGNSS衛星の信号(観測データ)を解析して精密な座標値を求めています。そして、それを「日々の座標値」としてインターネットを通じて公開しています。この「日々の座標値」は、その日の電子基準点の位置を、世界的な座標系に基づいて数値(座標値)で表したものなのです。
今回は、この「日々の座標値」について、国土地理院測地観測センター電子基準点課の檜山洋平課長と古屋智秋課長補佐に伺ってきました。
▽新しい「日々の座標値」を試験公開
国土地理院は先月(3月24日)、現在使われている「解析ストラテジ(第4版)」を更新するにあたって、最新版による座標値である「F5解」の試験公開を開始すると発表しました。国土地理院では「日々の座標値」のユーザに対し、「新しい解析ストラテジ(第5版)への移行の準備を進めていただくことを目的とした試験公開である」としています。この背景について説明しましょう。
まず「解析ストラテジ」という耳慣れない用語について。これは以前は解析戦略とも呼ばれていました。入力データから出力を得る、巨大で精緻な計算式の連なりです。複雑な関数(函数)と言ってもいいでしょう。過去3度の改訂が行われており、現在の解析ストラテジは第4版。これによって得られる計算結果は「F3解」と呼ばれています。
なぜ数字がずれているかというと、第1版による解を、情報科学の記法にならってF0と呼んでいたからです。今回の第5版への更新に伴い解の呼び方も数字を合わせ、4を飛ばして「F5解」としました。FはFinalの頭文字です。
▽みちびきも、この座標値を利用
「日々の座標値」は阪神・淡路大震災翌年の1996年の座標値より公開されており、一部の測量や測地学・地震学の研究などに利用され、現在では高精度なリアルタイム位置情報サービスにも利用されています。みちびきのセンチメータ級測位補強サービス(CLAS)もここで得られた高精度で“新鮮な”座標値を利用しています。
▽基線解析を繰り返し、“強固なメッシュ”を作る
測量の基本となる「基線解析」という作業は、A点とB点を結ぶ「線分の性質」を明らかにするもので、従来は望遠鏡と角度計・水準器を組み合わせた「トータルステーション」という機器で行っていました。衛星測位を用いた、近年のGNSS観測による基線解析では、A点とB点でのGNSSの同時刻の観測データを利用し、計算によって線分の性質(ベクトル)を求めています。
その解析のキーとなるのが、電子基準点で得られるGNSS連続観測データです。このデータを使うと、隣接する(または任意の)電子基準点の間で基線解析を行うことができます。解析にはGNSSの精密な軌道情報も使用します。これを日々繰り返すことで、全国に約1300点ある電子基準点で構成される“強固な”三角形のメッシュを作ることができます。
イメージとしてのGEONET(GNSS連続観測システム)は、電子基準点を結んだ線で日本列島を覆う、三角形のメッシュと考えることができます(実際には、日本列島を縦断する背骨のような基線を組み、その背骨を構成する点からさらに各点に基線でつなげる、という手法で計算されています)。そして、このメッシュは非常に強固な(相対的な位置の誤差が小さい)ものなので、ある1点の座標値を決定すれば、残りすべての座標値を自動的に決めることができます。
▽つくば1の座標値を決めれば、残りも決まる
日本では2002年から、世界共通のルールに移行して座標値を決めています。「日々の座標値」も当然ながらそれに沿ったものとなっています。「解析ストラテジ(第4版)」では、国際ルールである“ITRF*2005(IGS**05)”に準拠した座標系が使われていますが、最新の第5版では“ITRF2014(IGS14)”に変わります。
IGS観測点でのGNSS連続観測により、GNSSの暦(正確な軌道や原子時計の誤差の情報)を推定しつつ、IGS点の精密な座標が求めることができます。さらにVLBI(超長基線電波干渉計)やSLR(人工衛星レーザー測距)などによる観測データを組み合わせて得られた、IGS点の座標の最新版がITRF2014(IGS14)です。
*ITRF(International Terrestrial Reference Frame、国際地球基準座標系):地球上の座標値を決める世界共通のルールに基づいて求められた、座標値(のデータセット)
**IGS(International GNSS Service):各国の宇宙機関や測量組織が参加し、世界規模で行われているGNSS観測事業
▽第5版では、世界中のIGS点を利用
電子基準点「つくば1」の座標値はIGS点との間で基線解析を行って得ていますが、「解析ストラテジ(第4版)」と第5版との違いは、先に述べた“新鮮さ”だけではありません。解析の起点とするIGS点は、第4版では日本周辺の点のみ(点線枠内)が使われていましたが、第5版では地球の裏側も含めた世界中のIGS点に拡張されました。これも大きなアップデートです。地球の裏側であれば、同時刻に同じGNSS衛星が観測できない場合も当然出てきますが、その場合は両者の中間にあるIGS点を補助点として解析を行います。飛行機で言えば直行便だけでなく乗り継ぎも許容することで、より遠くまで足を伸ばそうとするのに似ています。
そしてこれらの解析には、スイスのベルン大学で開発されたBerneseというソフトウェアが使われています。利用されているGNSS観測データは、過去のデータとの整合性も勘案し、GPSのL1C/A信号とL2信号が使われており、Berneseのバージョン更新によりGPSのBlock IIIにも対応することになりました。
電子基準点課の檜山課長は、最後に「『日々の座標値』はCLAS(みちびきのセンチメータ級測位補強サービス)でも使っていただいており、測量のプロや研究者以外の一般の方がこの成果を利用する象徴的な用途だと思っています。現在試験公開中のF5解を安定させることで、一層の精度・安定性の向上に役立てていただければと思います」と話してくれました。
(取材・文/喜多充成・科学技術ライター)
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