CDMA [前編] ── ノイズから信号を拾い上げる
発着便を知らせるアナウンスや多言語の会話が飛び交う国際空港のターミナルでは、独特の喧騒が醸し出されています。その中でふいに日本語が耳に飛び込んできた経験はないでしょうか。母国語の会話だけが浮かび上がってくるのは、私たちの耳が故郷の言葉に特有の韻律や音韻構造に反応し、それを拾い上げる能力が備わっているからと言えます。
盛岡生まれの詩人・石川啄木の「ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく」という句も、同じ状況を表したものです。そしてこれは逆に、私たちの耳は聞き取れない音声をノイズとして無視するようにできている、とも表現できます。
無線通信の最大の敵はノイズ
電波を使う無線通信の最大の敵は、ノイズです。ノイズ源が他の通信ユーザーだったりする場合も多々あります。ラジオ放送では、他局との混信を避けるために局ごとに異なる周波数が割り当てられています。しかし、軌道上に30機余りが配置されたGPS衛星は、基本的に同じ周波数(L1帯=1575.42MHz)で測位信号を放送しています。
それでも混信しないのは、衛星ごとに異なる“言語”で放送しているからです。ある衛星の信号を集中して聞く時は、その衛星の信号だけが、別の衛星に耳を澄ませた時は、別の衛星の信号だけが浮かび上がって聞こえてくる仕組みです。
CDMAの“C”は“CODE”
CDMA(Code Division Multiple Access、符号分割多元接続)とは、無線通信における通信方式の呼び名で、第3世代(3G)の携帯電話ネットワークがこの方式を使っています。携帯電話のビジネスは、限られた周波数をより多くのユーザーでシェアできる方向に技術開発が進められてきました。
CDMAの“C”は“CODE”の頭文字で、冒頭の空港の事例における“言語”に相当するものです。基地局は、それぞれの端末に他の端末とは“異なる言語=異なるCODE”で交信するよう指示します。そうすると、端末は自分と関係のない交信はノイズとして無視できるようになります。何をしゃべっているか分からないのでジャマにならず無視できるというわけです。
ものすごく大きな声を出す人がいるとこの仕組みは成り立たなくなりますが、声の大きさや使用する“言語=CODE”を上手く調整することで、同じ周波数の電波を使ってより多くの端末と同時にやりとりができるようになります。通勤電車でスマホの動画を見られるのも、背景にこうした仕組みがあるからです。
CDMAの原理をよく表すものとして「隠し絵」の例えがあります。
GPS衛星なら高度約2万km、みちびきではその倍の4万km弱の彼方から届く信号は、ふつうなら自然界にもともと存在するノイズに埋もれてしまいます。でも、衛星が信号を送る時に使った“言語=CODE”を手がかりに耳を澄ますと、そのかすかな信号がくっきりと浮かび上がって聞こえてきます。
当初は秘匿(ひとく)性が高く傍受されにくい無線通信の技術として始まったCDMAは、同一の周波数を多数が同時に利用でき、ノイズに埋もれたかすかな信号でも復元できるという特長を生かし、地上でも宇宙でもシステムを支えるカギとなる技術として活用されているのです。
文:喜多充成(科学技術ライター)、監修:久保信明(東京海洋大学大学院 准教授)
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