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航法の歴史(8)マルチGNSSの登場

2016年04月25日

2020年代には測位衛星が130機以上に

GPSは、傾きの向きが異なる6つの軌道に1軌道あたり4機の衛星を90度間隔で計24機を配置する

GPSの軌道(イメージ)

今、地球を周回する測位衛星の数は急速に増加している。米国のGPSが最低24機(2016年4月時点で31機)、ロシアのGLONASSが24機、中国のBeiDouが35機(2007年4月~16年3月に22機打ち上げ済)、欧州のガリレオが30機(2011~15年に12機打ち上げ済)、そしてわが国のみちびきは最終的に7機(現在は1機)で、インドのIRNSSが7機。全世界をカバーするシステムが4種類に、地域をカバーするシステムが2種類。これらがすべて完成する2020年代半ばには、地球を回る測位衛星の総数は、予備機も含めると130機を超えることになる。

このようなことになった理由は、世界各国が衛星測位システムの有用性を認め、かつ「これは他国に依存したら、自国の生存にも関わる事態になりかねない」と考えたためだ。が、これほど測位衛星が増えると、それを有効に生かして、より一層便利かつ高精度に測位をすることが可能になる。マルチGNSSという技術である。

異なる衛星測位システムを利用するマルチGNSS

同時に4機以上の衛星からの電波を受信することで、自分の位置を計測する

4機以上の衛星から受信して位置を計測(イメージ)

衛星測位システムは同時に4機以上の衛星からの電波を受信することで、自分の位置を計測する。4機の衛星は、ばらけた配置で空に見えるほうが測位の精度が上がる。このため測位衛星の軌道は、なるべく地上の広い範囲において、受信機から見た衛星の分布が理想的なものになるように工夫されている。それでも、現実にはいつも理想的な状態で電波を受信できるとは限らない。衛星が、地形や建物などで隠れてしまうと電波を受け取れなくなってしまう。

しかし、ここで異なる衛星測位システムからの電波を等しく測位に利用できるとしたらどうだろうか。空に見える衛星の数はぐっと増えて、見える位置や受信状態の良い衛星を選んで測位することが可能になる。理想的な状態で受信した電波を使って測位を行うので、それだけ高精度な測位をやりやすくなる。これがマルチGNSSだ。

マルチGNSSを実施するには、それなりの道具立てが必要だ。それぞれの衛星測位システムは、電波に信号を乗せる変調方式や測位信号のフォーマット、そして位置の計測に使う測地系(地球の形状モデルと、位置を表している座標系の総称)や時刻の基準が異なるため、それぞれ計算で変換してやる必要がある。

それぞれの測地系を換算して合わせる必要

測地系WGS-84

測地系WGS-84

このあたりの事情を測地系で見てみよう。GPSは米国防総省が策定した「WGS84(World Geodetic System84)」という測地系を採用している。一方、ロシアのGLONASSは、「PZ-90(Параметры Земли 1990 года= Parametry Zemli 1990 goda)」という測地系を使っている。さらには中国のBeiDouは「CGCS 2000(China Geodetic Coordinate System 2000)」を、欧州のGalileoは「GTRF(Galileo Terrestrial Reference Frame)」を、日本の準天頂衛星システムは「JGS(Japan satellite navigation Geodetic System)」と、それぞれ独自の測地系を採用している。

測地系は、1)場所を示すための座標系、2)地球を近似するための回転楕円体の種類、3)ジオイド面(地球の平均海水面に相当する重力の等ポテンシャル面)── の3つで定義される。各測地系は同じ部分もある一方で、微妙に異なる部分もある。たとえばWGS84とPZ-90では北極点の位置の定義が異なる。北極点の位置は年々微妙に変化している。WGS84は北極点として1984年の位置を基準とする。対してPZ-90は1900~1905年にかけての北極点の位置の平均値を基準とする。

このため、複数の衛星測位システムをまとめて1つのシステムとして使うためには、それぞれが採用している測地系を換算して合わせてやる必要がある。

GPSやGLONASSの開発が始まった1970年代ならば、おそらく「そんな膨大な計算を小型の受信機に実行させるのは無理」ということになったであろう。が、半導体の急速な発達によって、今や小型の携帯端末でも1970年代初頭のスーパー・コンピューター並みの計算能力を持つようになっている。計算が必要ということは、マルチGNSSの実現を妨げる要素とはならない。

アジアに大きな利便をもたらす可能性

IGSOのBeiDou衛星は、東経95度と118度の経線を中心に北半球と南半球の上空を行ったり来たりする

BeiDouの軌道(東経95度/118度中心のIGSO)

すでにマルチGNSSの実用化は始まっている。米クアルコム(Qualcomm)、ブロードコム(Broadcom)などの大手測位チップメーカーは、GPS/GLONASSの2システムに対応した測位チップを販売しており、アップルのiPhoneを始めとしたスマートフォンに搭載されるようになっている。私たちは気が付かないうちに、もうマルチGNSSの恩恵を受けるようになっているわけだ。また、中国のBeiDouやガリレオに対応したチップの出荷も始まっている。将来的にはすべての衛星測位システムに対応したマルチGNSS測位チップが、当たり前のものとなるだろう。

アラビア半島からインド、中国、日本、東南アジア、南太平洋にかけての地域は、2020年代には世界でもっとも一度に見える測位衛星の数が多い地域となる予定だ。日本がみちびき、インドがIRNSSを稼働させるのに加えて、中国のBeiDouが東経95度と118度の位置にみちびきと類似した、傾斜対地同期軌道(IGSO=Inclined Geosynchronous Orbit)の衛星を運用するためだ。IGSOのBeiDou衛星は、東経95度と118度の経線を中心に3機ひと組になって北半球と南半球の上空を行ったり来たりする。

この地域では、常時25機以上の測位衛星が空に見えるようになる。その意味では、マルチGNSSはアジアに大きな利便をもたらす可能性のある技術なのである。

(松浦 晋也・ノンフィクション作家/科学技術ジャーナリスト)


航法の歴史(全9回)

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