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航法の歴史(7)宇宙強国を目指す中国の切り札“BeiDou”

2016年03月22日

長征3号で中国の衛星測位システムが現実的に

長征3号ロケット(イメージ)

長征3号ロケット(イメージ)

中国は今、「宇宙強国」というスローガンを掲げて、宇宙開発に力を入れている。経済的余裕があるため、力の入れようは全方位的。基礎技術の開発、有人宇宙技術の発展と宇宙ステーションの建設、ロケットなど宇宙輸送システムの新規開発、通信・放送、地球観測、測位などの社会インフラの整備、宇宙科学に太陽系探査 ── 宇宙に関する全ての分野を同時に発展させ、国力の充実を図っている。

その中でも、今後の中国の国際的な影響力に大きな影響を与えると考えられるのが、中国独自の衛星測位システム「BeiDou」である。BeiDou(北斗)とは、北を示す北極星のこと。国際展開を考慮したのか、北斗衛星測位システム(BeiDou Navigation Satellite System)には同時に「COMPASS(コンパス)」という英語名も付けられている。

中国は、1966年に最初の核弾頭を搭載した中距離弾道ミサイル、東風2号の発射試験を行っている。米国と当時のソ連(ソビエト連邦、現在のロシア)が、ICBM(intercontinental ballistic missile、大陸間弾道ミサイル)発射のために衛星測位システムを必要としたという経緯から考えれば、この時期から中国でも衛星測位システムの基礎研究が始まったと考えるのが自然だろう。が、1966年から1977年にかけて、中国国内では文化大革命の嵐が吹き荒れ、混乱していた。研究が本格化するのは文革が収まり、鄧小平が実権を掌握して、中国経済を成長軌道に乗せた1983年からである。

1984年からは、静止軌道への打ち上げが可能、つまりは測位衛星が使用する高度2万km程度への円軌道への打ち上げが可能な長征3号ロケットの運用が始まり、中国独自の衛星測位システムが現実味を帯びるようになった。1994年になると、中国は国際的な電波利用の調整を行う組織の国際電気通信連合(ITU=International Telecommunication Union)に、衛星測位用電波の使用の申請を出して国際的な電波利用の調整を開始。ここで初めて世界は、中国が独自の衛星測位システムを構想していることを知った。中国最初の試験衛星BeiDou 1Aは2000年10月31日に、2機目のBeiDou 1Bは同年12月21日にそれぞれ静止軌道に打ち上げられた。

第1世代は、静止衛星2機で中国本土をカバー

第1世代BeiDou(イメージ)

第1世代BeiDou(イメージ)

第1世代のBeiDouは、静止衛星2機だけで中国本土とその近傍をカバーする比較的小さなシステムだった。衛星は一連の時刻の刻みが入った信号をずっと送信し続けている。ユーザーの地上側端末は衛星からの信号を受信し、そのまま“オウム返し”で衛星に送り返す。衛星は帰ってきた信号に受信時刻の情報を追加して、衛星管制センターに転送する。衛星の軌道と衛星が電波を発した時刻と受信した時刻からは、地上側端末と2機の衛星の間の距離が分かる。すると、ユーザー端末の位置の候補が、北半球に1点、南半球に1点求められる。ここまでの計算を衛星管制センターで行い、得られた位置情報は衛星経由で地上側端末に送り返す。地上側は少なくとも自分が北半球にいるか、南半球にいるかは判別できるので、自分がどこにいるかを知ることができる。

この仕組みは、ユーザー側端末に高度な計算機能が不要な一方で、静止衛星との双方向通信機能が必要となり、端末が大型化・高価格化してしまう。半導体がムーアの法則(*)に従って急速に進歩する状況の中では端末が安くならず、商業市場では不利な方式だ。

*ムーアの法則:半導体メーカー・インテルの創業者の1人ゴードン・ムーアが示した、半導体の性能が指数関数的に向上していくという長期的な予測。

第2世代は3種の軌道に計35機

BeiDouの軌道(イメージ)

BeiDouの軌道(イメージ)

そこで中国は、GPS、GLONASSと同様の測位原理を利用した、地球全体を覆う第2世代BeiDouの開発へと進んだ。興味深いことに、BeiDouの開発と並行して中国は2003年に欧州の衛星測位システム「ガリレオ(Galileo)」にも参加した。自国のシステム開発と同時に、国際協力による衛星測位システム実現にも含みを残したのである。結果として欧州は2007年11月に国際協力を断念し、独力でガリレオを構築する決定を下したが、少し状況が異なれば、欧州と中国との共同で単一の衛星測位システムを構築し、運用していた可能性もあったのかもしれない。この参加により、中国は欧州からかなりの技術資料を入手して参考にしたようで、第2世代BeiDouの測位信号の形式はガリレオと類似している。

GPS、GLONASS、ガリレオは、どれも高度2万km前後の円軌道に多数の衛星を配置して地球全体にサービスを提供するよう設計してある。対して第2世代のBeiDouは最終的には、1)高度2万1500kmの円軌道に27機、2)中国本土上空の静止軌道に5機、3)軌道高度は静止軌道と同じだが、軌道が赤道に対して55度傾いていて、地上から見ると空を南北に8の字状に衛星が移動するように見える対地同期軌道に3機 ──という3つの軌道を使用する合計35機の衛星から構成されることになるシステムだ。

高度2万1500kmを巡る27機の衛星は、赤道に対して55度傾き、傾きの方向が異なる3つの軌道に各9機ずつ配置される。これらの衛星はGPS、GLONASS、ガリレオと同等の機能を持ち、全世界をカバーする。一方静止軌道の5機と対地同期軌道を使用する3機は、中国本土とその近傍で、より確実かつ便利な測位を行うための衛星だ。対地同期軌道の衛星は、3機がひと組になり、中国湾岸地域に沿った東経118度の経線を中心に北半球と南半球の上空を行ったり来たりする。ただし、現状では中央アジアよりの東経95度の経線上空にも4機の衛星が打ち上げられているので、今後、最終的な衛星機数は40機前後まで増えるのかもしれない。

第2・第3世代合わせて19機が運用中

BeiDouの打ち上げ(イメージ)

BeiDouの打ち上げ(イメージ)

測位精度は10mだが、政府機関や軍隊が利用する暗号化した高精度の信号も送信している。また、他の衛星測位システムにない特徴として、衛星経由でユーザー同士がショートメッセージを送る通信機能を持っている。

第2世代BeiDouは、中国本土で先行してサービス提供を行うよう整備が進められた。2009年から衛星打ち上げが始まり、2012年末までに静止衛星5機に対地同期軌道の衛星5機、2万1500kmの円軌道に4機を打ち上げて試験サービスを開始した。2013年と14年は打ち上げを行わなかったが、2015年に入ると性能を向上させた第3世代衛星の打ち上げを開始し、2016年3月までに5機を打ち上げた。2016年3月現在、軌道上では第2世代と第3世代を合わせて19機のBeiDou衛星が運用されている。予定では2020年に35機すべての衛星を稼働させて、全世界的なサービスを開始することになっている。

中国は、BeiDouの海外展開に強い意欲を持っており、国内で販売される測位機器にBeiDouの受信機能を装備することを義務付けている。このため、旺盛な国内需要を背景に中国国内で量産されたBeiDou受信機能付き端末が、主にBeiDouの静止衛星や対地同期軌道の衛星の恩恵を受けやすい東南アジア地域へと輸出されることになるのは間違いない。また、測位チップの世界的大手のクアルコム(Qualcomm)やブロードコム(Broadcom)なども、BeiDou対応チップの販売を開始しており、今後衛星システムの充実に伴ってBeiDouは、GPS、GLONASS、ガリレオと並んで世界的に利用されることになるだろう。

(松浦 晋也・ノンフィクション作家/科学技術ジャーナリスト)


航法の歴史(全9回)

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