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航法の歴史(6)民間に便利なシステムを目指すガリレオ

2016年02月19日

西欧は、半世紀以上をかけてゆっくりと統合

EUの加盟国と旗(イメージ)

EUの加盟国と旗(イメージ)

第二次世界大戦で、欧州は戦場となった。戦後、冷戦体制の確立とともに、欧州は当時のソ連(ソビエト連邦、現在のロシア)の影響下にある東欧と、米国との関係を重んじる西欧とに分裂した。

欧州は多くの国に分かれて、長らく争ってきた歴史を持っていた。欧州とは、言語も文化も歴史も通貨も異なる国々の集合体であり、統一した意志はなかった。が、第二次世界大戦の戦渦への反省と、冷戦体制の確立により、西欧では欧州として統一した意志を持つべきという動きが生まれた。

統合への歩みは半世紀以上をかけてゆっくりと進められ、1992年に欧州連合条約(マーストリヒト条約)が締結。翌1993年に欧州連合(EU)が発足した。この間に、1975年には欧州宇宙機関(ESA)が設立されて、宇宙技術の開発や宇宙科学研究などを担うようになった。

天文学者にちなみ「ガリレオ」と命名

1990年代、湾岸戦争を契機に測位衛星システムが社会に与える巨大な影響が明らかになり、1990年代初頭からフランスやドイツなどが各国独自に測位衛星システムの概念検討を重ねてきた。1990年代後半に入ると、それらを統合する動きが始まった。

2000年11月には、欧州議会は測位衛星システム構築に向けた取り組みを開始することを決議した。システム構築に向けた技術的検討はESAが担当することとなり、システムは偉大な物理学者にして天文学者のガリレオ・ガリレイ(1564~1642)にちなんで「ガリレオ(Galileo)」と命名された。

欧州がガリレオを推進しようと決断した直接の理由は、測位衛星システムが民間ビジネスにとって非常に有用であるにも関わらず、世界中にサービスを提供する米国のGPSもロシアのGLONASSも軍用システムであるという事実にあった。軍用システムである以上、軍事的な要請でサービス提供が打ち切られる可能性がある。無償で提供されているからと、他国の軍用システムに依存した社会システムを構築してしまうと、急なサービス打ち切りを食らって大きな社会的ダメージを受ける可能性がある。

GPSやGLONASSとは異なる特徴

ガリレオの軌道(イメージ)

ガリレオの軌道(イメージ)

欧州は欧州独自の、民間にとって便利な測位衛星システムを保有しなくてはならない ── この要求から出発したガリレオは、GPSやGLONASSとは異なる特徴を持ったシステムとなった。

衛星数は30機。軌道傾斜角(赤道に対する軌道の傾き角)は56度で、傾きの方向がそれぞれ120度異なる3つの軌道に、それぞれ10機の衛星を配置する。軌道高度は2万3,222kmで、GPSの使用する軌道の高度2万km、GLONASSの1万9,100kmに比べると高い軌道を使用する。これにより北緯/南緯30~60度の中緯度帯では、空に見える衛星の数を両極や赤道付近に比べて増やすことができる。見通せる衛星数が多ければ、それだけ高精度の測位が可能だし、一部の衛星からの電波が建物や地形でさえぎられたとしても測位を継続できる確率が高まる。

測位に使用する信号も、複数種類用意された。まずオープン・サービス(Open Service=OS)という無償で提供される信号がある。測位精度は4mで設計し、GPSの10m(当時)よりも高かった(現在はGPSも4mであるため同等)。

次が有償で民間が利用できるより高精度・高機能のコマーシャル・サービス(Commercial Service=CS)だ。これはガリレオ特有の信号で、測位サービスそのものをビジネス化していこうというものである。GPSやGLONASSと同じく、暗号化された国家機関や軍が使用するパブリック・レギュレーテッド・サービス(Public Regulated Service=PRS)という信号も送信する。

最初の技術試験衛星「GIOVE-A」

ガリレオ「GIOVE-A」(イメージ)

ガリレオ「GIOVE-A」(イメージ)

ガリレオの船出は多難なものだった。米国はガリレオをGPSと競合するものと見なして、機会があるごとに中止を働きかけた。EU内部も完全に足並みが揃っているわけではなかった、当初は2008年から部分的なサービス提供を開始するはずだったが、予定は遅れ、予算は見積もりを超過し続けた。

最初のガリレオの技術試験衛星「GIOVE-A」は2005年12月28日に打ち上げられ、本格的なシステムの開発が始まった。が、この時点でガリレオ計画は、計画中止の危機に瀕していた。測位衛星システムの構築と運用には莫大な資金が必要となる。GPSとGLONASSは軍事用ということですべてを国が予算を組んで拠出したが、民生用を重視するガリレオは、EU、国際協力で参加する国(中国、韓国、インド、イスラエルなど)、そして民間との共同出資で賄う計画だった。しかし、あまりに費用がかさむために民間の側が出資をためらった。当然、GPSが無償で使えるのに、なぜ民間が欧州独自のシステムのために巨額の投資を負担しなくてはならないのかという議論もあった。

IOV4機+FOC 22機でサービス開始予定

ガリレオ「FOC」(イメージ)

ガリレオ「FOC」(イメージ)

2007年9月、ついにEUは官民共同出資を諦めた。ここで計画は中止になるかに思われたが同年11月、国際協力も諦め、全額をEU予算から拠出することでガリレオを構築することを決定した。欧州社会の安全と自立性を確保するためには、たとえ全額をEUが負担してでも独自の測位衛星システムが必須と判断したのである。翌2008年4月には2機目の技術試験衛星「GIOVE-B」が打ち上げられ、やっとガリレオの開発とシステム構築はスムーズに進み始めた。その後、ほぼすべての機能を搭載した軌道上実証衛星「IOV」を2011~12年にかけて4機打ち上げ、2014年からは本番のガリレオ衛星「FOC」の打ち上げが始まった。FOCは、2015年末までに8機が打ち上げられており、今後2018年末までに合計22機が打ち上げられる予定だ。IOVの4機を含めて26機で、ガリレオは本格的な測位サービス提供を開始する予定である。

(松浦 晋也・ノンフィクション作家/科学技術ジャーナリスト)


航法の歴史(全9回)

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