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「マルチパス」── 何がいけないの?

2016年07月04日

マルチパス(multipath)とは、電波がまっすぐに届くだけでなく、山やビルなどに反射して複数のルートを通って伝播すること。反射した電波は、到達するまでにわずかな遅れを生じ、遅れの時間の分だけ「(距離が)遠い」と計測されて、正確な測位を乱す要因の一つになっています。

「マルチ」なのにポジティブに使われない理由

「マルチな才能の持ち主」と聞くと、どんな人を思い浮かべますか。芸人で作家とか、格闘家でアートユニットとか。マルチタレントという場合の、マルチという言葉、複数の異なる分野で高いレベルの技能や才能を発揮しているといったポジティブな意味合いで使われることが多いですよね。

ところが電波を使う世界では、あまり好ましくない意味でこの言葉が使われます。まっ先に来るのがマルチパス。ここでいうパスは、モノやボールを渡す“pass”でなく、経路や小道を意味する“path”で、出発地から目的地までいくつかの通り道がある、という意味になっています。

いきなり電波では分かりにくいので、音に置き換えてみましょう。トンネルやお風呂の中で音が反響して聞こえますが、あれも一種のマルチパス。音源から耳まで、壁に反射することでいくつもの経路ができ、遅れ遅れに音がやってきます。これが、残響です。コンサートホールなどでは音楽性を高めるため、ある程度の残響があったほうがよいとされますが、あまり大きすぎると音そのものが聞き取りにくくなってしまいます。

また、マルチパスそのものを、ある年代以上の人たちは、目で見ています。昔のアナログテレビ放送で出ていた「ゴースト」、ブラウン管に映る人物の向かって右側に、まるで幽霊のようなぼんやりした影が現れてしまう現象です。残響と同様に、送信アンテナから直接届く電波のほかに、途中のビルや山に電波が反射し少し遅れて受信アンテナに届く電波が、ゴーストの正体です。

アナログテレビは画面の左から右へ電子線を走査(スキャン)して映像を描いていたため、遅れた電波で届いた信号は、映像の右側で残像となったのです。地上波のデジタル化はこのようなゴーストの解消も目的の一つでした。デジタル信号処理でゴースト退治をした訳です。

真上の角度から電波を降らせるのが吉

では、測位衛星ではどうでしょう。衛星と受信機の距離を正確に求めるのが、衛星測位の基本です。マルチパスがあると、この距離が複数存在してしまうことになります。ホンモノとゴーストをはっきり分離できるなら、いちばん短い(直接到達する)答えだけ採用すればいい訳です。デジタル信号処理でできそうなものですが、電波伝播にはアナログ領域の存在が不可避。トンネル内の会話が聞こえにくくなるのと同じで、距離の精度低下が、測位精度に影響を及ぼしてしまいます。

さらにやっかいなのは、ゴーストだけを受信してしまう場合。これも良くありません。仰角(=ぎょうかく、水平を基準とした上向きの角度)が低い衛星の反射波だけ受信して、直接波はビルでさえぎられてしまうケースです。これを避けるには、反射の起きにくいなるべく真上の角度から、電波を降らせるのが吉。このことが準天頂衛星みちびきの大きなメリットの一つなのです。


文:喜多充成(科学技術ライター)、監修:久保信明(東京海洋大学大学院 准教授)

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