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JIPDEC 坂下哲也「みちびきは未来の一翼を担う社会基盤になる」

2024年09月02日

みちびきの現状と今後について聞く「みちびきインタビュー」。今回は一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)の坂下哲也常務理事に話を伺いました。

坂下氏

── サービス開始後5年経った現在のみちびきについてどのように評価されていますか。

5年前と比べると現在はインターネット・オブ・シングス(IoT)のセンサーが進化し、さらには生成AIも出てきました。これまではセンサーでデータを取って、そこから必要な情報を抽出していましたが、今はAIが自動的にデータをとって自動的に判断する。そんな時代になってきました。私はこれを社会全体が自動的に自律的に動く時代になったと言っています。その中で位置情報と時間情報の重要性がより高まったというのが、この5年間の大きな変化ではないかと思っています。

図版1

IoTによるデータ収集・AIによる判断

位置情報と時間情報がなぜ重要なのかということですが、私たちの生産活動、消費活動、あるいは環境に対する影響も、みな位置と時間の情報が必要です。人間が道を歩く時に自分の位置と方角が分からなければ歩くことができないように、機械も位置と時間が分からないと判断ができません。それを提供しているのが準天頂衛星システム「みちびき」なのです。
初号機の頃は日本上空に8時間しか滞空していませんでしたが、今は4機体制になって、24時間準天頂衛星から信号を用いることで6cmの精度の位置情報とナノ秒の時刻が得られ、それがデータに自動的に付与されて識別できるようになりました。これは準天頂衛星の大きな貢献であり、成果だと思います。
宇宙にある準天頂衛星の原子時計からもっとも正しい時刻が送られてきます。私たちが使っているスマートフォンなどが使用する携帯電話の基地局は、衛星からの時刻によって同期されています。電気の送電も配電も同じようにやっています。2008年頃に試算したことがありますが、これが止まってしまうと最大で500億円以上の損害が出るという分析結果が出ました。私たちの知らないところで測位衛星は役に立っています。知らないところで役に立っているということは、それだけ社会基盤になったことを示しています。

坂下氏

── 日本では高精度測位の基盤がだいぶ整備されてきました。みちびきの利活用もここ数年で大きく拡がってきたと思いますが。

現在ではほぼ全機種のスマートフォンが準天頂衛星の信号を受信でき、測位に使用しています。日産のアリアなどにも準天頂衛星のCLAS(センチメータ級測位補強サービス)受信機が搭載され、自動運転等での利用も始まっています。こうした動きは今後、広がっていくと思います。
ドローンについてもCLASやSLAS(サブメータ級測位補強サービス)の対応チップを搭載したドローンが国産で製造されるようになり、自動配送などで使われ始めています。将来、リニア新幹線が通り、東京と名古屋が1時間で行けるようになる頃には、東名高速には自動運転のトラックが走ると想定されています。東西方向の動脈は全部、時間が短縮されますが、動脈と動脈をつなぐ南北の縦のルートは、他の手段で代替する必要があります。そこがドローンなどの活躍する範囲になっていくのではないでしょうか。東海地方にしても、近畿地方にしても人が少ないところが増えていますので、こうしたところではドローンに準天頂衛星の測位を使い、物を運ぶことが一般的になると思います。
ただし、ドローンには周波数の問題があります。現在、多くのドローンは2.4GHzを使っているのですが、この周波数は可視範囲での使用に限られています。5.8GHzを使うと遠くまで飛ばせるようになりますが、この周波数を使うには電波法の問題があって、イベントなどを除き、なかなか社会実装が進んでいません。新しいソリューションを作る時には規制改革も必要です。2100年には日本の生産年齢人口は今の半分になってしまうわけですから、規制改革をして社会実装を進めていくことが必要でしょう。
農業への利用では、南相馬市のテストフィールドに伺った時に福島工業高等専門学校の芥川先生(芥川一則教授)がおっしゃっていたことが印象的です。日本のお米は非常に海外で評判がいいから、もっといい値段で売れるはずだと教えていただきました。一方で、お米を作る人は高齢化している。しかし、ご高齢の方でも自動で田植えから稲刈りまでできるようになれば、農業を続けることができます。それを何とか実現したいということで、自動農業に取り組んでいらっしゃいました。こうした実験は一昔前は会社の研究所とかがやっていたのですが、今は高専の先生が研究テーマとして学生と一緒に取り組んでいるのです。そこまで準天頂衛星を使う裾野がそこまで広がったということです。第一次産業で準天頂衛星を使うという動きは、これからも広がってくると思います。
また、「廃油の回収」にも準天頂衛星が利用されようとしています。これは東京都が考えているものです。いま民間の企業が出している廃油は買い取られ、SAF(Sustainable Aviation Fuel)として燃料となり、飛行機で使われています。日本の廃油は非常に品質がよく、家庭用の廃油も回収したいのですが、回収する時に、本当にその人が廃油を出し、その場で回収したのかどうかのエビデンスが必要だという課題があるそうです。そこで準天頂衛星みちびきの信号認証を使って、認証をしようという人たちも現れています。
具体的には、その人が廃油を回収してくださいと事前申請します。事前申請があると、場所が指定されます。廃油をそこに持って行くと、車に搭載されているSLASかCLASを使って、信号認証で電子的にスタンプを押します。これが廃油を回収したという証拠になります。これをエビデンスに使うことを考えており、いつ、どこで、誰が渡したのかというトレービリティが実現します。最初はアナログで認証を行うそうで、買い取り自体は2024年秋から始めると聞いています。
スタンプでエビデンスを残す方法は、他の物を受け取る際にも使えます。いま流行っている置き配にも使えますし、生産農家が直接個人宅に送る時のエビデンスに使うこともできるでしょう。

坂下氏

── 今年からMADOCA-PPP(高精度測位補強サービス)がサービスを開始しました。

MADOCAは初号機の頃、安定して精度が出るまでの時間がとても長く、使いものにならないという評価でした。しかし内閣府とJAXAの協力が入って、その時間がどんどん短くなりました。当時はMADOCAを使う実証実験をこちらから掘り起こしていかないと提案が来なかったのですが、今はもうインドネシアやフィリピンの政府と連携してMADOCAを使う実証実験が、事業者から提案が出てくるようになりました。今後も増えてくるでしょう。日本の企業や政府がASEAN諸国と連携して広めていくことにアクセルを踏めば、MADOCAもアジアの社会基盤になり得ると思います。
アジア上空にはBeiDouやGLONASSといった測位衛星もありますが、一方で、日本の場合は品質が秀でていると思いますので、質の面で日本の衛星の安定性をアピールして社会基盤化することは可能でしょう。測位衛星の場合、衛星は他国の上空に入っていきますから、各国間の握手も必要です。これは一民間企業ができる話ではなく、政府と一緒にやることだと思います。

── 政府主導ということでは、緊急時や災害時に利用される災危通報(災害・危機管理通報サービス)やQ-ANPI(衛星安否確認サービス)についてはいかがでしょうか。

サービスの幅を広げるための検討をしていく必要があると思います。一方で、宇宙空間経由なのでそんなにリッチな情報は流せず、何に使えると言われるとなかなかアイデアが出てこない。でも、若い人たちとか地域で課題を持っている方々と話をすれば、こんな使い方があるよというアイデアが出るかもしれません。そこはある程度レンジを広くとって、ウィングを広げてアイデアを集めることが必要だと思います。

── 近年、自動運転の開発が進展していますが、今後の社会とみちびきとの関わりという点でどのようにお考えでしょうか。

NTTは2030年にIOWN(アイオン)というネットワークを引く計画を発表しています。IOWNでは5秒間で2万本の映画をダウンロードできるぐらいにデータ伝送速度が速くなるので、自動運転なども今とはだいぶ変わってくるのではないかと思います。
自動車にセンサーをたくさん付けて、最後の責任は運転手がとるというのが、今の自動運転です。しかし、2100年に生産人口が3,100万人ぐらいの国に日本がなってしまうと、東京のような都市部を除き、地方では車を運転する人すらいなくなってしまいます。そのような場合には、センサーだらけの車を作るのではなく、環境側にセンサーをたくさん付けて、そのデータを速い速度で車両に送り、制御するほうが楽な世界になっているだろうと思います。その早く送る手段が今までなかったのですが、2030年にIOWNでネットワークが引かれますから、地方ではこれを使った自動運転がかなり加速されると思います。この時の自動車は完全にハンドルがない自動運転で、私たちが乗ると指定された目的に勝手に移動してくれる空間になるでしょう。その時でも移動の起点と終点を決めることは必要になりますから、そこは準天頂衛星を使わなくてはならないでしょう。環境側のセンサーのデータを同期する時には速ければ速いほどいいですから、ナノ秒の時間を使っている準天頂衛星というのはその時の基盤になり得るわけです。そういう風にしないと、おそらく地方の場合の移動の手段が維持できないと思います。

図版2

準天頂衛星システムを活用した未来の自動運転

地方の交通の活性化にも準天頂衛星は貢献できます。2000~2023年の23年間で、日本では46路線が廃線になっています。「消滅可能性自治体」は99、2030年までに若年女性人口が半数以下になる自治体が744あると、政府の人口戦略会議は発表しています。一方で自動運転の利用が拡大したり、ドローン物流が実行されたり、リニア新幹線で東京・大阪間が1時間になったりという要素もあります。このようなものが組み合わさった中で、都市部であろうが、地方であろうが豊かな生活を送るために準天頂衛星が役立っていくと考えています。
現在はそれぞれの家、車、バス、電車などはバラバラの状態で、それぞれのデータつながってはいません。例えば電車とバスの間ではデータが連携されてませんから、運転見合わせなどになると現場は混乱します。しかし、データ連携の基盤が整備され、様々なデータがつながるようになると、送迎、見守り、料金の決済など、住民向けサービスや移動の最適化(保育園のお迎えにちょうど良い移動が提供されるなど)が実現するでしょう。こうしたデータに準天頂衛星からの6cmの位置情報とかナノ秒の時間がスタンプとして付与されれば、より正確な処理ができるようになります。

図版3

データ連携基盤の整備とその活用

人が減っていく中で生産性を向上させ、サービスレベルを維持することを考えると、業界を横断してデータを使わなくてはなりませんから、そのデータを使う時の1つのキーとして位置情報と時間情報はとても大事になります。こうした考え方は地方自治体にも広まっており、スマートシティとかスーパーシティ、デジタル田園都市国家構想とかいうものの中で、このデータ連携基盤が取り組まれています。その中に準天頂衛星の要素も入れてデータの連携を図ると、準天頂衛星は全国一律での社会基盤になっていくと思います。

坂下氏

── 今後のみちびきへの期待についてお聞かせください。

今回、内閣府が「衛星測位に関する取組方針」を改訂していますが、この中では利活用に10ページ以上が割かれていて、これはみちびきを社会インフラとしてだけではなくて、産業政策としても活性化するという日本政府の意気込みであり、11機体制に向けて、アジアの社会基盤として準天頂衛星を位置づけているためではないかと思っています。 それを加速するためには、私は以下の2つが必要であると思います。1つはアメリカの宇宙政策指令7号のような国家戦略の確立や推進、もう1つは国際標準化活動の推進です。
宇宙政策指令7号は、トランプ大統領が2021年に出したPNT(測位・航法・タイミング)に関する覚書です。この覚書では、PNTをワールドワイドで相互運用性が効くように対応していこうということを宣言しています。衛星測位サービスは無償、衛星から降ってくる測位情報とか時刻情報をただで使わせようということです。
特定の測位衛星のみを使うのではなく、みんながいろいろな測位衛星の情報を使いながら、ソリューションに活用していく社会が生まれていくということです。こういうものが出てきてくれると、日本で作った準天頂衛星のソリューションが海外でも使えるようになります。
ヨーロッパはヨーロッパで、ガリレオを中心にして同じような方針でやっていますから。日本も同じように宣言してやっていくということも考えられるのではないでしょうか。災危通報のメッセージはガリレオと相互運用性がとれますから、ヨーロッパでも災危メッセージのサービスができる可能性があります。つまり、日本で災危メッセージのサービスができれば、同じサービスを海外向けでも展開できるようになります。
もう1つ、技術を国際標準化して、日本のサービスを輸出できるようにすることが必要だと思います。みちびき自身は、幅域が北海道の上からオーストラリアの先までというアジアドメインのインフラです。アジアドメインのインフラとして、センチメートル級の測位を提供したり、サブメートル級の測位を提供したり、ナノ秒の時刻を提供したり、災危メッセージを送ったりしています。これはそれぞれが機能ですから、この機能自身はアメリカでも中国でもヨーロッパでもどこでも使えるわけです。そういうものを海外に使ってもらえるような方向性にもっていくことが大事で、その方法の1つが国際標準化ということになります。
私は、みちびきが社会基盤になると世の中は位置情報で管理され、信号機や踏切もなくなるだろうと思っています。それは究極の姿かもしれませんが、そこまでの世界を作りましょうというビジョンを打ち出して、そこからキャストバックし、今やるべきことを産官学連携してやっていくという姿勢が大事だろうと思っています。みちびきには、そうした未来の一翼を担うようになることを期待しています。

── ありがとうございました。

坂下氏

※所属・肩書はインタビュー時のものです。

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