NICT 門脇直人「世界トップレベルの衛星測位サービスを提供」
今回のみちびきインタビューは、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の門脇直人主席研究員に、7機体制に向けての整備が進み、11機体制への拡充も計画される準天頂衛星「みちびき」の現状と今後の期待について話を聞きました。
── 「みちびき」の現状について、どのように評価されていますか。
ほぼ当初の計画どおり、すべてのサービスが順調で、世界トップレベルの衛星測位サービスを安定的に提供できていると思います。特にセンチメータ級測位補強サービス(CLAS)は非常に高い精度が求められるので、当初の精度を出すまでにはずいぶん苦労がありましたが、そこを克服して規格どおりの精度のサービスができる状態まで来ている点は、高く評価していいのではないかと思います。実際に利用する時には、自然条件や周辺環境など、いろいろな条件が組み合わさるので、規格を逸脱することが絶対ないというのは難しいですが、一定のレベルで利用できる状況になっています。
── 「みちびき」の利用という観点からはいかがでしょうか。
カーナビでは「みちびき」対応のものが複数社から出ていますし、腕時計などでも使えるようになっています。「みちびき」対応の製品がだんだん出回ってきて、ユーザーはあまり知らないけれども実は日常生活の中で「みちびき」を使っているという状況にだいぶ入ってきていると思います。「みちびき」の高度なサービスについては、特別な受信機が必要なので、無意識にとはいかないところがありますが、物流や農業を始め、いろいろな業界で徐々に導入・利用が進んでいるように思います。もともとGPSというものがありますので、一定の測位サービスはGPSでできるわけです。その上で「みちびき」の能力を活用する領域を開拓するというのは、それなりに難しい面があったように思います。しかし、「みちびき」を使うとこういう点で良くなるとか、今までできなかったことができるなど、新しい利用を呼び起こすことによって、徐々にですが「みちびき」に対する認識が広まっていることは明らかです。「みちびき」利用が拡がっていくスピードは、ややゆっくりだったかもしれませんが、着実に利用が進んできていると言っていいと思います。
── 将来の7機体制、さらには11機体制に向けて、今後はどのような形で利用が進んでいくとお考えでしょうか。
AIの活用なども含めて、産業のいろいろな場面でデジタル技術がどんどん活用されていき、人手不足などを解決するためにいろいろなものが自動化されていく。世の中全体がそのような方向性になっていくだろうと思います。そうした時に測位サービスは極めて重要です。事故を防ぐ、正確に目的地に移動したり物を届けるなどいろいろなことを自動でやろうとした時、場所の情報を正確に知ることは極めて重要であり、必須の条件になります。ですから、測位システムそのものの正確性、さらにはロバストネス(堅牢性)、つまり故障したり使えなくなったりすることがなく、いつでも使えるという安定性、そういうものがどんどん要求されてきます。将来「みちびき」が7機体制になり、さらに11機体制になるということですから、こうした測位サービスの底辺の部分が非常に強化されると思います。世の中全体の活動を支えるインフラとして、測位サービスがよりしっかりとしたものになっていくということだと思います。ですから、「みちびき」が7機、さらには11機の体制に進んでいくことの意味は非常に大きいと思います。
── これからはAIも測位の情報とリンクしてくるとお考えですか。
AIを使うにはデータの確からしさ、信憑性といったものが非常に重要です。にせの情報でAIを学習させるととんでもない答えを出してしまいますから、そのデータに信憑性があるかどうかは非常に重要なのです。そのデータがどこで、いつ獲得されたかの信憑性を担保するものとして測位データは非常に重要です。測位データにどのような付帯情報を追加すればその信憑性を担保できるかについては、すでに国際標準のようなものも議論されています。AIだけでなく様々な目的に利用できるように、測位情報に付ける付帯情報のフォーマットを決めているわけです。
── それ以外に何かありますか。
将来はありとあらゆる産業で測位衛星のデータが必要になるでしょう。モビリティについて言いますと、モビリティや農業などでは、GPS以上の精度を持った「みちびき」の測位システムが安定的に動いて、自動運転などに利用されて、より安全性が高まるといった方向に進んでほしいです。自動運転が日常的に利用されるとすると、現在よりも精度の高い位置情報が必要になるのではないかと思います。最近ではドローンの利用が進み、測位衛星のデータが使われています。ドローンに関しては、動き方が自動車とだいぶ違います。ドローンは突然方向を変えるような動きもできます。例えば決められた進路に別のドローンが進入してくるような場合は、それを検知し、回避しなければいけません。そういう意味ではドローンの場合、測位データには正確さだけでなく、リアルタイム性が非常に重要になってくると思います。また、ドローンでは上下の位置情報が必要です。平面的な情報だけではなく3次元の情報が必要になるわけです。現在の測位データの精度は、水平方向に比べて上下方向の精度が若干劣ります。しかし、今後はユーザーが使える測位衛星の数を増やすなどの方法で、上下方向の精度も上がると思います。
── 災害時の利用についてはいかがでしょうか。
災害が発生すると、防災当局の方々はすぐに状況を把握しなくてはなりません。最近ではいろいろな場所にモニタリングポスト(自動監視装置)が設置されており、ビデオカメラで撮影した映像が監視に使われたりしています。土砂崩れが近くで発生した場合などでは、モニタリングポスト自体がずれたりすることもあります。そのずれを測位データで検知することができれば、もう少し複合的な状態が見えてくる可能性もあるのではないかと思っています。位置を検出するセンサーが世の中に増えていくと、そこからいろいろな情報が得られるようになります。そのような活用も、ぜひやっていただけるといいなと思います。
── 災害時の衛星安否確認サービス(Q-ANPI)についてはいかがですか。
Q-ANPIは「みちびき」独自のシステムで、専用の通信機がないと使えません。今は何か災害が発生した時に、避難所に専用の通信機を設置して対応することになっているのですが、日本全国どこでもすぐに対応できるかといえば、現状そうなっていないように思います。これが一つの課題です。一方で、東日本大震災以来、地上系の移動無線システムがかなりロバスト(堅牢)になっており、災害時にも携帯電話が使い続けられる状況がだいぶ出来ている気がします。そうすると、「みちびき」が持っている通信機能は不要ということになりかねません。しかし、せっかく通信機能をもっているわけですから使わない手はないので、何か他の用途で上手く使うことを考えてはどうでしょうか。「みちびき」の運用をするために日本の周辺には、海外も含めていくつか拠点がありますが、例えばその間でやりとりをする通信に使うとか、何かそういうことを考えてはどうかという気もします。もちろん大きなデータはだめですが、パラメータのやりとりをするとか、ちょっとしたものをやりとりするには使えると思います。NICTの中では、あとでお話しする宇宙天気の情報をQ-ANPIの回線を使って配信するのは面白いのではないかという話をしています。
── 4機から7機、11機と衛星数が増えていく上での課題は何でしょうか。
衛星の数が増えることで、運用が大変になるのは間違いないです。この分野はかなり専門性が高いので、誰でもできるというわけではありません。専門家がいなくてはいけないのですが、専門家がたくさんいるわけではないし、育成するのも大変です。ですから、日常の運用に関してルーティン化できる部分は自動化していくことが必要だと思います。また、衛星自体のいろいろなソフトやハードの標準化、共通化なども必要になってきます。これは「みちびき」が11機体制になるからではなくて、日本の衛星産業全体の問題としてやらなければいけないと思っています。
── 現在、太陽活動の極大期が近づいています。太陽の活動は「みちびき」のサービスに影響を与えるでしょうか。
太陽表面で大きなフレアが発生すれば、「みちびき」の精度に影響が出る可能性があることは確かです。ここ1、2年、太陽フレアの発生頻度はだんだん高まってきていますので、「みちびき」が影響を受ける回数も増えつつあります。2025年が極大期になるのではないかと言われていますから、これから2026年の半ばぐらいまでは要注意です。
── 「みちびき」の衛星自体が影響を受けることはありますか。
あります。高エネルギーの粒子が衛星を貫通していく時、当たりどころによって影響がいろいろ違います。CPUの大事な部分を貫通すると、CPUが死んでしまうこともあります。メモリーの中を通ればメモリーが死んでしまいます。運不運があって、どこに当たるかによって違うのですが、影響は大なり小なりあります。そういうリスクが高まった時に、最低限の電源しか入れずにあとは落としてしまって動かさない状態にしてしまうとか、姿勢を少し変えるとか、リスクを回避しようという方法はあるにはありますが、それで大丈夫かと言えば必ずしもそうではありません。衛星の場合、そういうことが起こってしまったら仕方がないという面はあります。いま申し上げたとおり、ここ1、2年間でしっかりデータを取って次に備える、システムをより堅牢なものにしていく準備をする、そういうタイミングかなという気がしています。
── フレアが発生した時の対策はありますか。
太陽表面でフレアが発生したことは光学観測ですぐに分かります。そこから高エネルギーの粒子が地球の近辺に来るのに2日程度かかりますから、その間に影響を回避する行動をとることが必要だと思います。その際、地上にどのような影響が出るかについては、NICTの宇宙天気のグループがいろいろな活動を行っています。大きな太陽フレアがあると、それが原因となって地球の周りの電子の密度が変わるとかいろいろな現象が起こるわけです。そういう状況になった時に、地上でどのような影響が出るのかを物理学的に解析することはすでに行っているのです。今、その影響度をより分かりやすく伝えるための基準を作ろうとしています。それができれば、2日後ぐらいにこんなことが起こる可能性があるので気を付けましょうとか、どんな対策をしてほしいなど、そのようなことを一般の皆さまにお伝えできるようになるのではないかと思います。私たちが毎日使っている天気予報と同じように、使いやすい予報として出せるといいと思います。私たち自身も、もう少しアピールしなくてはいけないと思っております。
── そのような予報をするには、データをしっかりとることは必要になりますね。
私どもは次の気象衛星「ひまわり10号」に搭載するための宇宙環境センサー、すなわち電子と陽子のセンシングをするセンサーを開発中です。このようなセンサーは、これまでの日本の実験衛星に積んだこともありますし、「みちびき」の2号機と4号機にも載っています。しかしそれは、衛星が何か不具合を起こした時に、周辺の宇宙環境に影響されたものかを知る目的で積んでいるものです。今回「ひまわり」に積もうとしているセンサーは、センシングする範囲が広く、日本上空の電子密度などを測ることができます。このようなセンサーを日本では初めて打ち上げることになります。できれば「みちびき」が7機、11機と上がっていく時に、今回開発した高精度のセンサーを積んでいただけると、日本上空の電子密度や宇宙天気に関わるデータがより多く、しかも正確に集めることができます。ですから、ぜひこのセンサーを積んでいただければと期待しています。
── なぜ、そのようなセンサーが必要なのでしょうか。
現在、日本の上空にそういうセンサーがないからです。NICTでは今、宇宙天気予報を出していますが、ヨーロッパやアメリカの衛星に積んだセンサーで取得したデータを使い、あるモデルを使って、日本の周辺の状態を推定しているのです。つまり、実測値ではなく推定なのです。日本の上空の直接のデータが手許にあるかないかでは、非常に大きな違いがあります。センサーが増えるといろいろな情報が取得できることになり、「みちびき」のサービスの精度を上げることにもつながると思います。2023年末ぐらいから、「みちびき」2・4号機に載っているセンサーのデータをどうするか内閣府と相談し、データをいただけることになりました。それをどのように使えるか、宇宙天気予報のグループで検討しています。こうしたセンサーを搭載した衛星が増えることは、宇宙天気の情報を測位衛星で利用する時にも役立つと思います。
── 最後に改めて7機体制、11機体制への期待を伺いたいと思います。
「みちびき」は社会のインフラですから、安定してより高い精度で測位できるシステムにしていく必要があります。7機、11機という体制にすることは、そのことに大きく貢献していくのではないかと期待しています。また、8の字の軌道は東西に増えますから、サービスの範囲も広がるわけです。そういうことを考えると、海外での利用に関してもこれまで以上に進む可能性があるのではないかと思います。オーストラリアはもう「みちびき」を利用してもらっていますが、ニュージーランドや東南アジアなどでも今より使い勝手が良くなると思います。その辺りをもう少しアピールして使っていただくとよいのではないでしょうか。さらにそういうものを上手く利用しながら国際連携、要するに「みちびき」の応援団になっていただくような国同士の連携、アライアンスができればといいなと思っています。
── ありがとうございました。
※所属・肩書はインタビュー時のものです。