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東京大学 中須賀真一「安定的な位置情報を提供するインフラに大きく進歩」

2024年08月08日

2018年11月に4機体制でのサービスを開始して5年が経過した準天頂衛星システム(みちびき)。対応する受信機やさまざまな製品、サービスが開発・販売され、積極的な利活用が進んでいます。また、次に続くみちびき5~7号機の打ち上げも今年度から来年度にかけて予定され、7機体制の整備が進む中、さらにその先の11機体制への拡充も計画されています。今回は、みちびきの事業推進委員会で委員長を務める東京大学航空宇宙工学専攻の中須賀真一教授(工学博士)に、現在のみちびきの状況と今後の利用拡大に向けての方策、そして将来の7機体制、11機体制への期待を伺いました。

中須賀教授

── 2014年にもお話を伺いましたが、それから10年経った現在のみちびきの状況についてどのようにお考えでしょうか。

4機体制になり、GPSを補完するだけでなく、CLAS(センチメータ級測位補強サービス)、SLAS(サブメータ級測位補強サービス)という独自のサービスも提供しました。さらに災危通報(災害・危機管理通報サービス)やQ-ANPI(衛星安否確認サービス)もあります。インフラとしての体制がだいぶ整ってきたというのが一番の感想です。インフラであるためには、常に確実に所定のデータが取れる、所定の精度で測位できることを保証していかなければいけません。時々調子が悪くなって使えないというのではインフラになりません。インフラとして必要な、確実にいつも情報が提供できるという世界がだいぶ整いつつあるという点で、ものすごく大きな進歩だと思います。
CLASが典型的ですが、2017~18年頃は実際に得られた精度が安定しないことも多くありました。何とかしようということでここ数年ずっと事業推進委員会を中心に動かしてきて、内閣府にも頑張っていただき、事業者さんにも頑張っていただきました。CLASの精度はだいたい6cmですが、今ではこれをクリアしただけでなく、さらに3cmくらいの精度が出ています。皆さんの努力の成果で、インフラとして体制が整ってきました。
信頼性が高くなったことによって、利用がものすごい勢いで広がっています。それこそ車の自動走行から、精密農業、船の操縦、ドローンもあるし、スポーツイベントに利用するとか。自分がどこにいるのか、精度良く位置が分かりますから、ありとあらゆる利用が出てきています。
みちびきが社会インフラになってくると、それに対応する地図も必要になります。位置だけ精度が良くなってもだめで、それに対する地図が要るから、それが一つの新しい産業になっていきます。街の中の地図精度が良くなってくると、例えば目の見えない人が歩いていて、路肩から足が飛び出たらピッと鳴るとか、子どもが道路に飛び出したら危ないと警告したりできるわけです。こういうことは安全・安心の観点からとても大事なことです。また、ドローンが飛ぶ時には電線に触れないように電線の地図も要るわけで、そうした社会インフラ全体として情報をリッチにしていくことが必要で、それが次のフェーズだと思います。
先日も事業推進委員会で話を聞きましたが、利用の拡大はここ1、2年で非常に伸びてきました。ですから今は、利用が爆発的に拡大する臨界点にそろそろ達するのではないかと感じています。誰かがみちびきを利用して面白いことをやって、それが事業として儲かると、みんなが使い始めます。各分野でファースト・ペンギンが出てくると一気に利用が拡大するのではないかと期待しています。
国としても、これからはユーザー側のテクノロジーが伸びるような支援をしてもいいと思います。例えば受信機をもっと小さくするとか、省電力にするかと、低コスト化するとか。そうすれば、利用側はもっと使いたいと思うようになります。

中須賀教授

── 今年4月から高精度測位補強サービス(MADOCA-PPP)の本運用が始まりました。MADOCA-PPPはアジア・オセアニア地域でも広く利用することができますが、みちびきの海外展開についてはどのようにお考えでしょうか。

海外展開は非常に大事で、MADOCA-PPPが東南アジアやオセアニアで使えるようになったのはとても大きなことです。MADOCA-PPPの精度は数十cmです。アジアのいろいろな地域で農業利用などに使っていただきたい。日本がソフトパワーを発揮するという点でも、日本で開発したセンサーや機器が売れるという点でも、これは非常に意味のあることです。
海外で使ってもらうためには、みちびき以外の日本の技術との組み合わせも必要です。例えばオーストラリアは国土の広さに対して車が少なく、事故の可能性が比較的小さいので、自動運転の導入が進みやすいと思います。聞くところによると、オーストラリアは田舎で収穫した農作物を都市部へ運ぶ運転手の人件費がとても高いようで、この課題解決に自働運転技術の活用が期待できます。こうした場面でオーストラリアと日本が農業連携し、広大なオーストラリアの土地に効率的な日本の生産技術を持っていく。みちびきやリモセン、ドローンなども使って、無人で耕し収穫した作物を無人で運搬するという世界がオーストラリアで可能になります。このように日本の技術と組み合わせることで、みちびきの海外利用が拡大していくと思います。

海外展開のための課題としては、日本にはGNSSの教育拠点が少なすぎるということがあります。GNSS関係の国際会議には、アメリカや中国からは何千人の規模で来ますが、日本からの参加者は10~20人ぐらいです。大学関係者は5、6人しかいません。日本の大学でGNSSの講座をもっているのは東京大学と海洋大と中部大ぐらいなのです。研究資金が付かないし、科研費(科学研究費助成事業)を申請しても、その研究を審査できるその分野の人がいないために審査できないから、良さが分からない。だから科研費でもなかなかお金取れない。日本ではそういう状況です。だから学生が育たない。社会人になってから、この分野をやれと言われて勉強するわけで、みちびきのプロパーの人が誰も居ないわけです。この問題を解決しなければなりません。
ですから、アジアの国の若手がベンチャーを立ち上げるために勉強しようとしても、日本には来ません。しかし、日本に来てもらわなければいけないんです。他の国に行ってしまうと、その国のシステムを使うことになります。
中国はもうBeiDouを30何機か打ち上げています。いろいろなところに基地局を置いています。彼らがすごいのは、基地局のサービスが全部無料なんです。しかも現地の人たちを自分の国に招いて勉強させる。例えば北京航空航天大学、今はベイハン(北航)ユニバーシティと言いますが、そこに国連認可の地域教育センターを作り、そこに無料で招いて、彼らに勉強させています。測位衛星分野だけでなく様々な衛星作りからBeiDouの使い方まで全部勉強させて帰している。そうすると当然、中国と連携したくなるのは当たり前です。そうしたことをやってる中国とどう勝負していくのか。これは本当に考えなければいけないことです。日本はなかなかそういったところにお金が付かないのです。
つまり、日本では、GNSSなど宇宙技術を使う人を広げていくためのストラテジー立案にお金を付けることが難しい。日本のお金の付け方はハードウェア・ディペンデントで、プロジェクトにはバンとお金が付くけど、そのプロジェクトで得られた成果をどう展開するとか、どういうプロジェクトをやるべきかを考える最初の調査分析、戦略立案にお金が付かないのです。
逆に言えば、そこにお金がずっと付くようになると、調査分析・戦略立案をキャリアとしてやる人が出てくるのです。それらをビジネスでやっていく会社が出てくる。そこで働く人はずっと調査分析・戦略立案をやってるから、どんどん能力が高くなっていきます。知見もたまり、ネットワークもできる。その分野がちゃんと産業として成り立つために継続的にお金を付けなければいけません。今後もこうしたこともやっていかないといけません。
利用を開拓したり、新しい技術を作ったりするためのコミュニティをどう強化するか。ハードウェアやシステムはだいぶ整ってきましたから、今後は次の飛躍のために、いま申し上げた話を重点化することが大事と思います。
それから、MADOCA-PPPのアジア展開の課題として、基地局をどうやっておいてもらうかという点があります。MADOCA-PPPの精度を上げるためには基地局をなるべく多く置いてもらうことが必要ですが、これは企業のレベルではなかなかできない。国対国の話になります。これは国として何らかの形で対応していただき、しっかりやっていく必要があります。

中須賀教授

── 災害時・緊急時のみちびきの役割について教えていただけますか。

災害時や緊急時でのみちびきの利用には災危通報とQ-ANPIがあります。災危通報は、災害が発生した場合に、避難するために必要な情報が、宇宙からダイレクトに来るということが大事です。地上の通信インフラを介すると、それが被害を受けた場合、情報の提供ができなくなります。地上の通信インフラからインディペンデントでダイレクトなパスがあることが、防災の観点からはものすごく大事なのです。そういう意味で、今後、災危通報はいろいろな利用の仕方が広がっていくと思います。東南アジアでもできるので、森林火災とか、津波が来た場合などを想定した実証が行われています。みちびきの災危通報があれば、被害はだいぶ減らせます。みちびきのシステムを東南アジアのようなところに展開できるのはすごく大事だと思いますし、どんどんやっていくべきです。
私はこのシステムを災害時だけでなく、日頃から何らかの形で使った方がいいと思っています。
災危通報に含める内容を他に拡張できないかと検討していく必要もあると思います。例えば電離圏の情報もある意味、公共情報です。道路の渋滞情報も、いろんなところから出てますけど、みちびきからも流す。これもある種の安全・安心の情報だと言えます。あとは気象情報。どこでどんな警報が出てますとか、線状降水帯とか、道路が冠水してるから気を付けましょうとか、そういった情報です。安全・安心に関係する公共情報でないとだめのようですが、そこを上手く利用していくべきと思います。
こういうことも、誰かがやり始めると、いろいろな人が考えるようになるんです。やってみると、こういうことにも利用できるのではないかというのが出てくるので、ぜひやってほしいと思います。
Q-ANPIについてはスターリンクなどが出てきて、携帯電話が宇宙を介してつながる時代になりつつあることから、もう1回考える必要があるのかなと思います。少し座組みを変えていく必要があるかもしれません。

中須賀教授

── 信号認証サービスも今年4月から始まりました。これは、GNSS受信機で受信した信号が本当に測位衛星から送信された信号であるかを確認できるサービスですが、こちらについてはいかがでしょうか。

みちびきがインフラになると、ジャミング(妨害)とスプーフィング(なりすまし)が問題になってきます。これだけGPSやみちびきに依存する社会というのは、ある種とても脆弱であると言えなくもない。インフラが大事になってくればくるほど、ジャミングやスプーフィングに対するロバストネスをどうやって高めるかが大事なテーマになってきます。これは新しい宇宙基本計画や宇宙技術戦略にもしっかりと書かれています。
そういう意味では、スプーフィング対策となる信号認証サービスの提供開始は、大きな成果だと思います。
衛星測位におけるスプーフィングというのはご存知のように、測位衛星以外から改ざんされた測位信号が発信されることで自分のいる位置が別の場所に表示されてしまいます。それを防ぐためには、みちびきからの正式な信号であることを認証するための制度が必要で、それが信号認証サービスとして始まったのは素晴らしいことです。
ジャミングやスプーフィングというのはイタチごっこで、何か対策をとると、それを上回る方法が出てくる。ですから常にどういうリスクがあるかをモニターしながら、できれば相手が攻めてくる前に先んじて準備することが、これからもずっと必要になると思います。
ジャミングやスプーフィングは日常生活でも攻撃が行われる危険性があります。例えば自動走行でジャミングやスプーフィングがかかったらどうなるかを考えておかなければなりません。対策としては、航法信号をシングルソースでなく必ずデュアルソースにするとか、いくつかのセンサーを組み合わせて考えることも必要です。
インフラである以上、こうしたことが起こるリスクは常にあります。便利なものにはどうしてもそういう特徴がありますから、それに対して常にアンテナを張って、どういうことが起こりそうか、世界の状況を見ながらやっていかなければいけないと思います。
アメリカのGPSもどんどんシステム側を作り替えて、ジャミングとかスプーフィングにより強いシステムに変えようとして、ブロック1、ブロック2、ブロック3と変わっています。これはもう仕方ないことで、やり続けないといけない。インフラの宿命だと思います。

中須賀教授

── みちびきの今後についても伺えますか。今年度から来年度にかけて5~7号機の打ち上げが予定されており、将来は11機体制へ拡充する計画もあります。

インフラとして考えると、4機から7機になることの意味は非常に大きいです。7機体制になると、常に4機が見えているわけですから、GPSがなくてもインディペンデントに測位ができます。これは7機で初めてできることです。これは日本とアメリカの連合を考えた時にすごく大事で、もしアメリカのGPSが攻撃されても、日本はみちびきの情報を自分たちで使うだけでなく、アメリカにも提供することができます。11機体制が必要なのは、インフラとしてはバックアップがないと危ないからです。バックアップがないと、インディペンデントの測位が確実には実現できません。インフラとしての抗堪性のために11機が必要です。そういった計画があるのはとても大事です。
また、機数が増えると、DOP(Dilution of Precision、測位精度劣化係数)が良くなって精度は上がると思います。企業の方がこれからCLASやSLASを使い始め、そういう中で精度が上がると、こういう使い方もあるのだはないか考える人が今より増えるわけです。考える人が増えるとアイデアも増えるから、そういう人たちのアイデアで、衛星の数が増えたことを活かす利用法が出てくることを期待したいです。

── 7月には一般社団法人クロスユー(cross U)がみちびき利用拡大のイベントを開催すると聞きました。これによって、さらに多くの人たちにみちびきの利用が広がることが期待できます。

クロスユーは2023年2月ぐらいから本格的に動き始め、今もう250社以上が集まっています。日本橋をベースに、非宇宙業界と宇宙業界の連携によって、「宇宙×◯◯」でどんどん宇宙産業を広げていきましょうというのが合言葉なんです。その中で、みちびきのコミュニティをしっかり整備をして、そこに集まるいろんな人たち、特に非宇宙企業の人たちがこれを使って何ができるのを考えていただく、そういうきっかけをクロスユーで作っていこうと考えています。
宇宙業界にとって今後非常に大事なのが、非宇宙企業との連携です。モルガンスタンレーも予測してますが、2050年に宇宙産業の規模が200兆円になる。その55%は「宇宙×◯◯」です。みちびきはまさにこうした動きを展開していかなくてはなりません。宇宙でなく地上での生活とかビジネスにどう関わってくるかというのがとても大事です。そういう意味でクロスユーをベースに、非宇宙企業との連携をとることはすごく大事だと思っています。
クロスユーで大事なことは、いつも人が集まる場を作るということです。これをコロケーションといいますが、日本人はいきなり会った人がカクテル飲みながら何かやろうかとは、なかなかならないですね。日本人はこうしたことは苦手といわれますが、常に一緒にいる機会、一緒に飲み食いする時間があれば違って来ると考えています。それができる場を作りたいというのが僕の思いなんです。宇宙科学研究所が何であんなプロジェクトができるかというと、理学の先生と工学の先生がそばにいるからです。議論を散々やって、いいところに落としどころを作るわけです。このコロケーションでの議論がとても大事で、こういうのをやる場を設定したい。それがこのクロスユーで起こって、新しいみちびきの利用が始まるといいと思っています。面白いアイデアが出てくるのではないかと期待しています。

── ありがとうございました。

※所属・肩書はインタビュー時のものです。

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