電子航法研究所 坂井丈泰「全体的に成功と評価できるプロジェクト」
準天頂衛星システムみちびきの現状と今後について聞く「みちびきインタビュー」。今回は、電子航法に関するわが国唯一の研究機関である国立研究開発法人海上・港湾・航空技術研究所 電子航法研究所 航法システム領域の坂井丈泰領域長(工学博士、東京海洋大学客員教授、イエローテイル・ナビゲーション株式会社代表)に話を伺いました。
── 2018年に4機体制となったみちびきは、昨年秋にサービス開始後5年が経過しました。現在のみちびきについてどのように評価されていますか。
安定した運用をしており、とても順調ではないかと評価しております。利用の分野も頑張っていただいてかなり進んでいますので、このまま利用拡大が継続してほしいと思います。もちろん細かいトラブルはありますが、全面的に機能が停止するというような事態はありませんし、衛星も原子時計のトラブルなどがありましたが、上手く乗り切っています。何ぶん初めての衛星ですので多少のトラブルというのは当然ですが、まだ5年しか経ってないのに、当初想定していた性能が発揮されています。出来すぎといっていいくらいです。
利用についてですが、みちびきという名前も良かったのか、やはり衛星航法を使っているアプリケーションで多く使われておりますし、利用はどんどん進んでいると思います。今後、陸海空いろいろなところでさらに使われていくポテンシャルはあると思います。みちびきの長所の1つは補強信号を持っていることです。GPSと組み合わせて使うと非常に良い精度が得られる。その辺りを前面に押し出して使っていただくといいと思いますね。全体的な評価として、成功しているプロジェクトだと思っています。GPSはすでに50年運用していて、それに比べると10分の1の時間でここまで出来ているのですから、今後より魅力的なものになっていく方向にあると思います。
── みちびきの測位精度について、今後の課題があればお話しください。
みちびきの精度は、海外の測位衛星に比べてもトップクラスだと思います。CLAS(センチメータ級測位補強サービス)は当初、課題もありましたが、対応する衛星の数を増やしたこともあり、性能が上がっています。だいぶ問題が解決されたと思っています。SLAS(サブメータ級測位補強サービス)は、やはり基本的には対応する衛星の数を増やすことが必要と思います。CLASは受信機の仕様を変えるなどして対応しています。SLASも同じようなことができるのか検討が必要です。また、GPSに加えてガリレオを使えるといいと思います。バックワード・コンパチビリティ(後方互換)と言いますが、既存の受信機が影響を受けずにガリレオに対応できるかどうか、既存の受信機に影響なくアップグレードできるのが理想です。
── みちびきには災危通報(災害・危機管理通報サービス)やQ-ANPI(衛星安否確認サービス)といった災害時のサービスがあるほか、この4月から新たに信号認証サービスも始まりました。
みちびきにはCLASとSLAS以外にいろいろなサービスあり、この点はGPSと差別化できるところです。サービスが増えてくるのは大変良いことだと思っています。利用の範囲が広がると思いますね。みちびきの信号認証サービスと同じようなシステムは、ガリレオでもやろうとしていますし、GPSでも入れようとしています。また、補強サービスではSBAS(衛星航法補強システム)もやろうとしています。みちびきの信号認証システムは、いわゆるスプーフィング(なりすまし)から防御するものです。他にもジャミングとかの妨害対策が必要です。ただこれはなかなか難しくて、信号の数を増やすとか、そういう手段を考えなければなりません。単純ではないと思いますね。ハードウェアを変えないと対策できないとか、そういうこともあります。衛星で対応するのか、あるいは他のセンサーと組み合わせて対策をとるか。みちびきの場合は何が一番いいのか、そういう検討が実際にできると良いと思います。こうした問題に対する対策は外国では深刻に捉えられており、対策もいろいろ議論されています。日本では電波干渉も含めてあまり問題は起きてないですけれども、やはり対応する必要があると思います。
── MADOCA-PPP(高精度測位補強サービス)という形で海外での活用も考えられていますがいかがでしょうか。
MADOCA-PPPは、収束するまで、つまり使えるようになるまで時間がかかると聞いていますので、そこが課題と言いますか、改善すべき点だと思います。CLASは収束を早くできるのですが、MADOCA-PPPはCLASと原理がちょっと違っています。たくさんの基準局があるわけではないので、ちょっと時間がかかりますね。ただし、収束に時間がかかるとはいっても、用途によってはもちろん使えます。他に何も設備を持たなくても受信機一つで正確な位置が出るのであれば、多少時間がかかってもいいことだと思います。ですから、使えるところでどんどん使っていただきたいと思います。
── 衛星の運用体制が変わることで留意すべき点を教えてください。
人工衛星の寿命を15年と考えると、みちびきが11機になれば平均すると毎年1機打ち上げる計算になります。これは日本でやったことがありませんから、いろいろな工夫が必要になってきます。まず衛星をシリーズ化して、共通化できるところは共通化していくことが大事です。それにより製造期間も短くなりますし、コストダウンにもなります。GPSは衛星をたくさん作ってストックしています。日本でも衛星の数を確保できるといいなと思っています。11機体制にするためには、長い間にわたってスケジュールを作っていく必要があります。11機をちゃんと打ち上げるためにメーカー側に体制を整えていただくことも重要だと思います。今は製造にあまり余裕がない状態です。GPSまでいかないかもしれませんが、10機も作っていればノウハウも蓄積してきます。運用面でも、インフラの方で11機に対応しなければいけません。今までは4機のうち1機でトラブルがあるかどうかでした。これが11機体制になるとそのうちのどれかにトラブルが起こるという話になりますので、細かいトラブルがいろいろ増えてくるはずです。その辺りの対応ですね。基本的には同じ衛星をたくさん運用することで効率化が進むこともありますが、一方でトラブルも増えますので、どうハンドルするかだと思います。ただ11機までになってくると、何かトラブルが起こったとしてもサービスに対する影響は薄まるという効果もあると思います。
もう一つ、電離圏の問題もあります。現在、太陽活動が活発で電離圏の状態が良くありません。その影響が日本でも2023年ぐらいからちらほら出ていましたが、2024年はかなり多くなっています。今後は問題が起きた場合に、今、信号が劣化していますということをユーザーに伝えることも必要だと思います。電離圏の現象はもう長いこと研究されているのですが、なかなか予測できないのが現状です。例えば周波数を2つ使って影響をキャンセルするとか、他のセンサーを組み合わせるとかいろいろやり方がありますので、検討していく必要があります。
── みちびきが11機体制になった時に、GPSを含めた他の測位衛星との利用の方法は変わってくるものですか。
11機体制で大きく変わる点の一つは、みちびきだけで運用するユーザーが出てくることです。GPSに依存しないというわけです。GPS、あるいは他の測位衛星を使わないで、みちびきだけで運用するということが考えられます。したがって、みちびきのインフラの方もそれに対応しなければいけないと思います。GPSを使わないでみちびきだけで完結するシステムを作るということは、例えばみちびきのインフラにGPSの要素が入っていないかどうか、そういう洗い出しも必要になってくると思います。
── みちびきの衛星本体、あるいは受信機にはどんな課題がありますか。
衛星本体に課題はないと思っています。原子時計は海外から調達していますので、安全保障などコアなところで問題があると思っていますが、それ以外はないです。海外から調達している部品はありますが、日本にまったく代替品がないという事態はそれほど起きないと思います。問題なのは受信機ですね。みちびきを含めたGPS衛星航法の受信機を作っている日本のメーカーはいくつかありますが、ちょっと少ないのではないかと思います。メーカーが少なく、競争が激しくないので性能アップとかコスト低下があまりないかもしれません。それぞれ棲み分けてしまっていて、競争になってないという気がしています。それと、高精度測位ができるハイエンドの受信機についてはその多くが海外製です。日本製の受信機もいいものが出ています。しかし、たくさんの信号を取り扱うとか、みちびきの複数のサービスに対応している受信機はあまりないのです。そういう受信機は海外製ですので、他の測位衛星に対応していて、その一部としてみちびきに対応している感じです。ぜひ国内で受信機を作るメーカーが増えるといいと思います。受信機が先か、利用が先かという問題はあると思いますが、国産の受信機が数多くある方がみちびきの利用は進むと思います。海外メーカーの受信機がメインになっており、日本は競争に出遅れていますが、この問題はいずれ解決しないといけないですね。特にハイエンドの受信機は、良いものを作れば買ってもらえる可能性もありますので、その辺りをやっていただくことを期待しています。みちびき自体はいい性能が出ていますし、先行の海外の測位衛星に対して十分にキャッチアップしていると思うのです。ただビジネス上の理由で受信機の開発が遅れ、市販されていないのは、ちょっと残念ですね。
── 2024年7月1日にJAXAがH3ロケット3号機を打ち上げたことで、2024年度末に準天頂衛星の打ち上げが現実のものとして見えてきました。今後の7機体制、さらには11機体制についてどのように期待されていますか。
7機体制になれば、今に比べてもっと使いやすくなるはずですので、無事に打ち上げが進んでほしいですね。みちびきは今、4機体制です。4機というのは位置を測るのに最低の数で、1機でも欠けると位置決定ができません。それをバックアップできるのが7機体制ということになります。11機ですと、さらに余裕が出てくるわけですから、精度向上に振り向けるとか、補強情報の送り方を工夫して途切れないようにするとか、いろいろな工夫ができるようになります。衛星の配置がだいぶ良くなるという点でも、測位精度の向上が期待できます。現在とは大きく変わってくると思います。11機体制になればサービスを提供する範囲も広がりますし、衛星の配置が良くなることで精度に加えとロバストネス(堅牢性)が上がる点にも期待しています。
── ありがとうございました。
※所属・肩書はインタビュー時のものです。