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航法の歴史(9)安全保障を前に押し出すインドの“IRNSS”

2016年06月28日

人口は多く、国民は若く、国土は広い

インドの位置と国旗(イメージ)

インドの位置と国旗(イメージ)

インドは国土の面積が328万7,000平方kmと日本の8.7倍もある。1980年代以降、年率4~9%で急速に経済成長を続けており、しかも12億人の人口の平均年齢は25歳と若い。人口は多く、国民は若く、国土は広い、活力溢れる国である。

インド宇宙機関(ISRO;Indian Space Research Organisation)は1969年8月15日に設立された。日本の宇宙開発事業団(NASDA、現在は宇宙3機関統合により宇宙航空研究開発機構=JAXA)は同年10月1日設立なので、ISROのほうが1カ月半早い。

1975年に最初の衛星「アリヤバータ(Aryabhata)」を当時のソ連(ソビエト連邦、現在のロシア)のロケットで打ち上げ、1980年には国産ロケット「SLV(Satellite Launch Vehicle)」による国産衛星「ロヒニ(Rohini)」打ち上げに成功した。現在は、通信衛星、放送衛星、地球観測衛星に加え、月探査機、火星探査機を打ち上げ、さらに有人宇宙船の開発も行っている。

2006年から衛星測位システムを開発

IRNSS衛星(イメージ)

IRNSS衛星(イメージ)

そのインドは2006年から、独自の衛星測位システム「IRNSS(Indian Regional Navigational Satellite System、インド地域航法衛星システム)」の開発を開始した。「Regional(地域)」と名前に入っている通り、IRNSSはこれまで紹介してきたGPS、GLONASS、Galileo、BeiDouと異なり、インドの国土とその周辺にサービスを提供する衛星測位システムであり、航空機、船舶、車両、携帯電話への位置情報と時刻情報の提供、測量や災害監視への応用などを目的としている。

が、実際のところ、隣りにパキスタンという政治的に対立し、なおかつ核兵器を保有する国があることと、中国と国境問題を抱えていることが、IRNSS開発の大きな動機であろう。衛星測位システムは歴史的に、大陸間弾道ミサイルを発射する原子力潜水艦の位置測定のために開発が始まった。現在では部隊の展開から巡航ミサイルの誘導に至るまで、さまざまな軍事目的で使用されている。インドとしては、安全保障上の理由から、自国周辺の衛星測位は他国まかせにせず、何としても自国で行いたかったのである。

7機の衛星と地上系で構成される

IRNSSの軌道(イメージ)

IRNSSの軌道(イメージ)

IRNSSは、7機の衛星と衛星を管制する地上系とで構成されるシステムだ。衛星のうち3機は東経34度(インド亜大陸の西、アフリカ大陸東部の上空)、83度(インド亜大陸南方のインド洋上空)、129.5度(南太平洋、パプア・ニューギニアの沖合上空)の静止軌道にある。残る4機は2機1組で、それぞれ東経55度(アフリカ東岸のアラビア海上空)と111.75度(南シナ海からカリマンタン島、ジャワ島上空)の軌道傾斜角29度の対地同期軌道に入っている。これら4機は、地表からは24時間に1回、南北方向に8の字を描くように見える。

測位原理はGPSやGLONASS、Galileo、BeiDouと同じく、衛星から受け取る軌道と時刻の情報に基づいて連立方程式を解き、自分の位置と時刻を算出する方式だ。つまり空に4機以上の衛星が見える地域で、高度も含む位置と時刻の情報を知ることができる。衛星の可視範囲から考えると、原理的には北は中国のほぼ全土からモンゴル、東はインドネシアからオーストラリア西部、西は東欧の一部からアラビア半島、そしてアフリカ大陸の東部に至るまでの地域で、IRNSSのみを使った衛星測位が可能である。

測位精度は、4機以上の衛星を常時見通せるインド亜大陸においては10m、インド亜大陸周辺のインド洋からアラビア海に至る海域では20mとなっている。測位信号は、誰でも無料で使用できる民間向けの「SPS(Special Positioning Service)」と、暗号がかけられており主にインド政府組織が使用する「PS(Precision Service)」の2種類を送信する。それぞれの測位信号は、他の衛星測位システムも使用しているLバンドの周波数帯の電波と、周波数の高いSバンドの電波の両方で同時に送信している。

2つの周波数帯を使う理由は測位誤差の補正だ。周波数の異なる電波は、電離層内を伝わる速度が異なる。つまり同じ時刻情報を載せた信号を異なる周波数で同時に衛星から送り出すと、2バンドを受信できる受信機を使って、周波数の違いによる電離層の伝達速度の差を測定することが可能になる。電離層での電波速度の変化は、測位精度に悪影響を与えるので、2周波数の電波の到達時刻差を測定することで電離層の状態に応じた測位誤差の補正ができる。

2016年、IRNSS-1G打ち上げでシステム完成

IRNSSの打ち上げ(イメージ)

IRNSSの打ち上げ(イメージ)

IRNSSを構成する最初の衛星「IRNSS-1A」は2013年7月1日に、インド東岸のスリハリコタ射場から「PSLV(Polar Satellite Launch Vehicle)」ロケットで、東経55度の対地同期軌道へと打ち上げられた。衛星の打ち上げ時重量は約1.43t。高精度の原子時計と測位信号を通信するためのLバンドとSバンドの送信機器、さらに地上との通信と衛星軌道の高精度決定を行うためのCバンド通信機器を搭載している。

続いて2014年4月4日には、2機目の「IRNSS-1B」が同じく東経55度の対地同期軌道へ、2014年10月16日には最初の静止衛星「IRNSS-1C」が東経83度の静止軌道に投入された。その後も順調に打ち上げを続け、2016年4月28日に最後の7機目となる「IRNSS-1G」が東経129.5度の静止軌道に打ちあげられ、衛星システムが完成した。

前回取り上げたマルチGNSSの進展に見るように、衛星測位システムを持つということは必然的に他の衛星測位システムとの協力関係をつくることにつながっていく。インドは外交が上手な国で、宇宙開発においてもロシア(旧ソ連)、欧州、アメリカなどの先進諸国からさまざまな援助や国際協力を引き出して技術を学んできた経緯がある。IRNSSはインドの安全保障を強固なものにすると同時に、新たな宇宙外交の“カード”として機能することになるだろう。

(松浦 晋也・ノンフィクション作家/科学技術ジャーナリスト)


航法の歴史(全9回)