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航法の歴史(2)初期の測位衛星

2015年11月08日

周波数のズレからスプートニク軌道を計算

スプートニク1号(イメージ)

スプートニク1号(イメージ)

1957年10月4日(現地時間)、当時のソ連(ソビエト連邦、現在のロシア)は世界初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げた。打ち上げは成功し、重量83.6kgの金属光沢を放つ球形の衛星は近地点高度215km、遠地点高度939km、軌道傾斜角65.1度の楕円軌道に投入された。

当時、冷戦でソ連と対峙していた米国は、大騒ぎになった。スプートニク1号は、米本土上空を何ものにも邪魔されることなく、何度となく通過したからである。米国はこの事実を、ソ連はいつでも米本土に核爆弾を落とせる能力があると受け取ったのだ。すぐにスプートニク1号の観測が始まった。

最初に調べるべきは、衛星がどのような軌道に入っているかだった。観測には、スプートニク1号が発している電波が使われた。ソ連の技術者は、スプートニク1号に20MHzと40MHzの送信機を搭載した。この周波数の電波で、地上と軌道との間で通信が成立するかを調べるためのものだったが、同時に地上からスプートニク1号の軌道を調べるのにも使えた。

位置がはっきりと分かっている場所で、スプートニク1号からの電波を受信すると、上空のスプートニク1号は、だんだん近づいてきて、また遠ざかっていく。この時、受信電波はドップラー効果で周波数がずれる。この周波数のずれから、スプートニク1号の軌道を計算することが可能になる。

世界初の衛星航法システム「トランシット」

トランシット衛星(イメージ)

トランシット衛星(イメージ)

衛星の軌道を観測し、どのような軌道かを求めることを軌道決定という。スプートニク1号の軌道決定にはジョンズ・ホプキンス大学(米国・ボルチモア市)の応用物理学研究所(APL; Applied Physics Laboratory)が主要な役割を果たした。この時、同研究所の研究者たちは1つの可能性に気がついた。逆に、軌道が分かっている衛星からの電波が、どれだけドップラー・シフトしているかを計測すれば、自分がいる場所が分かるではないか。

このアイデアはすぐに米海軍が取り上げるところとなった。この時、米海軍は核ミサイル「ポラリス(Polaris)」を搭載した原子力潜水艦を全世界の海に展開する計画を進めており、世界のどこでも自分の居場所がすぐに分かる測位システムを必要としていたのだ。前回説明した地上局を使った双曲線航法では、地上局の電波が及ばない場所では使うことができない(全世界で測位可能なオメガが本格稼働するのは、1970年代半ばのことである)。しかし地球を回る衛星を使ったシステムならば、一度完成させれば全世界で使うことができる。

こうして、世界初の衛星航法(測位)システム「トランシット(Transit)」の開発が始まった。トランシットには「通行」「乗り継ぎ」といった意味があるが、同時に測量に使う経緯儀という機器のことでもある。最初の試験衛星「トランシット1A」はスプートニク1号の打ち上げから2年も経たない、1959年9月17日に打ち上げられたが、打ち上げに失敗してしまった。その半年後の1960年4月13日に、同型の「トランシット1B」が打ち上げに成功。

以後トランシット2~5シリーズで急速に衛星の改良を行った後に、本番の衛星測位システムとしてトランシット-5の設計に基づく「トランシット-O」衛星が、1964~88年にかけて24機打ち上げられた。この他、発展型の「Nova」衛星が1981~84年にかけて3機打ち上げられている。

技術開発のテストベッドとして利用

トランシット衛星(イメージ)

トランシット衛星(イメージ)

当初、トランシットは軍事用途のみの利用に限定されていたが、1967年からは民間での利用も認められた。トランシットはまた、科学観測にも利用された。極地における氷床や氷河の移動の継続的な計測は、トランシットの受信局を使うことで初めて可能になった。

トランシットの各衛星は高度1,100kmの地球を南北に回る極軌道に打ち上げられた。全世界での測位を可能にするには5機の衛星が必要で、各衛星に軌道上予備機1機の10機体制で運用された。衛星は150MHzと400MHzの2つの周波数で、軌道情報と時刻情報を送信しており、地上局はこれらの情報と受信電波のドップラー・シフトから自分の位置を計算する。測位精度は地上局が静止しているなどの理想的な状態で100m程度だった。

宇宙開発草創期ということもあって、米国はトランシット衛星をさまざまな技術開発のテストベッドとしても利用した。例えば1961年6月29日に打ち上げられた「トランシット4A」は、米国としては初めての、放射性同位体の崩壊熱を利用して電力を得る原子力電池を搭載していた。トランシット-O衛星は、当初32機の計画だったが、このうちの4機は技術開発や科学観測のために転用された(残る28機のうち4機は打ち上げ中止)。

測位のためにドップラー・シフトを利用するトランシットは、より正確な計測のためには長時間、衛星からの電波を受信し続ける必要があるという問題点を抱えていた。その後1970年代から、米国は、測位原理が異なりより短時間で測位が可能なGPSの構築へと進み、トランジットは1996年に運用を終了した。

ソ連もTsikadaを開発

ツィカーダ衛星(イメージ)

ツィカーダ衛星(イメージ)

なお、米国にやや遅れて、ソ連もツィカーダ(Tsikada=蝉という意味)というドップラー・シフトを使う衛星測位システムを開発した。1976~95年にかけて20機のツィカーダ衛星を打ち上げている。あちらがやればこちらもやる ── 冷戦時代の技術開発は、文字通り「恐怖の合わせ鏡」の上で行われていたのだった。

(松浦 晋也・ノンフィクション作家/科学技術ジャーナリスト)


航法の歴史(全9回)