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「電離層」を電波で測る

2016年09月30日

いまや国際都市・東京を代表する観光スポットとなった渋谷駅前のスクランブル交差点。外国人は、青信号のわずかな間にあれほど多くの人たちが衝突もせずスムーズに渡り終えるのが「シンジラレナイ!」のだとか。ただ、いくらスムーズに見えても人混みを縫って歩くわけですから速度は遅くなります。これと似たようなことが、測位衛星から地上に届く電波でも起こっています。

渋谷駅前のスクランブル交差点

電子やイオンが分離したまま漂う空間

電波にとって「押し寄せる人混み」に相当するのが、大気と宇宙の境目に存在する「電離層」です。短波ラジオの電波を反射して地球の裏側まで届かせたりする、電離層です。定義では高度100km以上は「宇宙」ですが、そこにもわずかながら大気の分子や原子が存在します。太陽から降り注ぐ紫外線を受け、それらは電子とイオンに分離します。たくさんの電子やイオンが「電離した」状態のまま漂っているのが、電離層なのです。

衛星からの電波がここを通過する時、電子やイオンに邪魔されて速度が低下したりします。電波のエネルギーが電子やイオンに少しずつ奪われるから、と言うこともできます。一方で衛星測位は、電波の到達時間と速度を掛け算し、衛星と受信機の距離を推定することから始まります。その電波の速度は、真空中ならば光と同じ一定の値となりますが、現実にはさまざまな影響を受けます。衛星測位における距離推定でもっとも大きな誤差要因となるのは、電離層による電波の遅延です。場合によっては数十mもの誤差が出る場合もあります(時間にすると1,000万分の1秒よりさらに小さいオーダーですが...)。

交差点の混み具合が曜日や天候で変動するように、電離層の状態(電子の混み具合)も、昼夜によって、また太陽活動の活発さによって変わり、ある程度の予測もできます。さらに、その混み具合を実際に測ることができれば、その影響をキャンセルすることで、より精度の高い測位が可能になります。

遅くなり方は、混み具合で変わってくる

測量などに使われる高価なGNSS受信機は、多くの場合「2周波測位」と呼ばれる機能を備えています。2周波とは、異なる周波数の電波を利用するという意味です。これを先ほどの交差点の例えで説明してみましょう。交差点を渡る人(電波)は、人混み(電子やイオン)をよけながら歩くため、歩く速度が少し遅くなります。その遅くなり方は、混み具合(電子密度や電離層の厚み)で変わってきます。

さてここで、普通なら同じ速度で歩くことのできる、体型の異なる2人がいたとします。一方はスリムで、もう一方は恰幅の良い人。2人が混雑した交差点を横断しようとすると、幅の違いで進み方に差が出て、渡り切るまでの時間も違ってきます。大した人混みでなければ、恰幅の良い人はそれほど遅れずに到着しますが、人が多くなるほどスリムな人との差は開きます。この到着時間差が、間接的に「人混みの激しさ」を示すことになります。

2周波受信機は、異なる周波数を同時に受信しそれらの到達時間差を測ることができます。「電離層遅延量は周波数の2乗に反比例する」(*) という電波の性質が分かっているので、到達時間差から電離層による影響量を推定し、それをキャンセルした測位演算が可能となります。「2周波受信による高精度測位」では、現実にはさらに複雑な計算が行われてはいますが、基本的な仕組みはこのようなものです。

*電離層遅延量は経路上の全電子数に比例し、周波数の2乗に反比例します。電離層が厚いほど影響は大きく、周波数が高いほど影響は小さくなります。

文:喜多充成(科学技術ライター)、監修:久保信明(東京海洋大学大学院 准教授)

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