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航法の歴史-1:電波航法の歴史

2015年10月10日

地文航法や天測航法を経て、20世紀に電波航法が誕生

六分儀のイラスト

人間を「動民 ── ホモ・モーベンス」として再定義したのは建築家の黒川紀章だったが、移動には常に「自分の現在位置を知る」という作業が必要だ。日常で考えても、自分の家の近辺、見知った場所なら記憶でなんとかなる。が、知らない街を旅行をすると近年ナビゲーション付きスマートフォンが普及するまでは、現在位置の把握はけっこう面倒な作業だった。

自分の位置を知る手順のことを「航法」という。この言葉からも分かるように、歴史的に航法は航海術の一環として発達した。いちばん最初の航法は、陸を目印にする地文航法(pilotage navigation)だろう。この方法は少し沖合いに出てしまうと使えない。やがて方位磁石が発明され、さらに星を見て位置を調べる天測航法(celestial navigation)が発達した。天測では、緯度は簡単に分かるが、経度を知るには正確な時刻を知る必要がある。時計は航法とともに発達したといってもいい。

20世紀前半までに、人類は地文航法、天測航法、さらには求めた現在位置に、海流や気流を加味して自分の位置を推測する推測航法(dead reckoning navigation)などを駆使して地球上のあらゆる場所へと移動するようになっていた。その一方で19世紀末に芽生えた新技術が、航法に新たな革新を持ち込もうとしていた。電波を使った長距離通信だ。

電波の速度は秒速30万km。もしもはっきりと位置の分かった複数の送信局から、電波を使って自分のいる場所までの距離が分かれば、今、自分がどこにいるか分かる。天測航法は天候に左右されるが、電波なら雲があっても大丈夫。しかもより高い精度と信頼性で自分の居場所を知ることができるだろう。第二次世界大戦が技術開発をあと押しし、1950年代に入ると民間でも新しい航法が使えるようになっていった。電波航法(radio navigation)である。

双曲線の交点こそが、自分が今いる場所

電波航法器機のイラスト

電波航法は、「2点からの距離の差が一定になる点の集合は双曲線になる」という幾何学の定理をそのまま使用して自分の位置を調べる。2カ所の送信局から、例えば同期したパルス信号を送信するとしよう。すると受信側はパルスの受信タイミングのずれから2つの送信局と自分のいる場所の距離の差を知ることができる。距離の差が分かると、地図上に自分がいる可能性のある点の集合、つまり双曲線を描くことができる。送信局がA、B、Cの3局なら、AとB、AとCというように組み合わせて受信することで地図上に2つの双曲線を描くことができる。双曲線の交点こそが、自分の今いる場所だ。

電波航法でもっとも一般的に有名になったのは、ロラン(LORAN=LOng RAnge Navigation)だろう。基礎研究は1940年代初頭に米陸軍が開始しており、歴史も古い。戦時中から軍用の運用が始まり、戦後民間にも普及していった。主に使用する周波数の異なるロランAとロランCの2種類が運用された。

ロランはパルス信号の到達時間差で、送信局との距離の差を測定する。これに対して、ほぼ同時に送信局が位相を合わせて発信する電波の位相差を検出して、距離の差を測定するデッカ航法(Decca Navigator System)が実用化された。ロランAは1,750kHz~1,950kHzの中波、ロランCは100kHzの長波、デッカは70~130kHzの長波を使用する。電波の到達範囲は1,000kmオーダーで、逆に言えばその程度の間隔で、送信局を設置していく必要がある。

スカイツリーに高さで抜かれた対馬オメガ局の電波塔

対馬オメガ局電波塔のイラスト

そこで、電波の到達範囲が1万km超と非常に広い超長波を使って、全世界どこでも電波航法による測位を可能にしようというオメガ航法(omega navigation)が登場した。オメガは周波数10.2kHz~13.6kHzの超長波を発信する送信局を全世界に8つ設置するだけで、地球全域をカバーできるという特徴があり、1968年から順に送信局の整備が始まった。日本でも1975年に対馬オメガ局が開局して、全世界ネットワークの一翼を担った。対馬オメガ局の電波塔は454.83mもの高さがあり、東京スカイツリーができるまでは日本でもっとも高い建築物であった。

電波航法の位置測定精度は、太陽活動による電離層の状態や、受信側の電波解析の精度などで変化する。ロランはA、Cともにおよそ数百m程度の精度だった。デッカは100m程度の精度を出すことができた。超長波を使うオメガ航法は精度が悪そうに思えるが、送信局間の距離が大きいことが精度向上に効いて、1,000~2,000m程度の精度で位置を決定することができた。いずれも、現在の目からするとかなり大きなアンテナと専用の受信設備を必要とする。なかなか個人で使えるようなものではなく、この程度の精度では使い道も長距離を移動する航空機・船舶向けに限定されていた。

それでも、昼も夜も関係なく、ごく短時間の受信で自分の位置を知ることができる電波航法は、20世紀の偉大な発明品の1つとして挙げることができるだろう。

<各電波航法の比較>
・ロラン航法(パルス信号の到達時間差で送信局との距離差を測定)
 電波:A 1,750kHz~1,950kHzの中波、C 100kHzの長波、精度:A、Cとも数百m程度

・デッカ航法(電波の位相差を検出して、距離の差を測定)
 電波:70~130kHzの長波、精度:100m程度

・オメガ航法(超長波を使い全世界どこでも測位可能)
 電波:10.2kHz~13.6kHzの超長波、精度:1,000~2,000m程度

世界初の人工衛星「スプートニク1号」の衝撃

スプートニク1号のイラスト

1957年10月4日(現地時間)、当時のソ連(ソビエト連邦、現在のロシア)は、世界初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げた。スプートニク1号は20MHzと40MHzの2周波数で電波を放ち、地球を周回し続けた。米国は震撼した。当時、冷戦でソ連と対峙していた米国にとって、ロシア人の人工物体が電波を発しつつ、米国の上空を通過することは許しがたい事態だった。当然、「スプートニク1号はどんなものか」と、その発信する電波の観測が始まったが、ここから次の航法のアイデアが生まれてくることになる。

(松浦 晋也・ノンフィクション作家/科学技術ジャーナリスト)

 
「航法の歴史」(連載中)