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航法の歴史-5:GLONASSの蹉跌

2016年01月27日

要求は「3次元の位置を測定できること」

「ツィカーダ」イラスト

この連載の第2回(「初期の航法(測位)衛星」)にも書いたが、1950年代から80年代にかけての冷戦の時代の基本は、「恐怖の合わせ鏡」だった。自分が持っている新兵器は相手も持っているかもしれないので安心できない。恐怖が猜疑心を生み、猜疑心は新兵器開発への際限ない予算の投入を引き起こした。兵器といっても、直接破壊力を発揮するものばかりではない。想定される全面戦争において自国の優勢を確実にするものにならば、何でも兵器の範疇に入り得る。

冷戦時代、衛星測位システムも、明らかに兵器の一種として考えられていた。砂漠を進む軍隊から、大洋を航行する艦艇や大空を行く軍用機、さらには巡航ミサイルや大陸間弾道ミサイルに至るまでに、正確な位置測定手段を提供するのだから、これを兵器と呼ばないわけにはいかない。

米国がGPSの検討を行っていた1960年代後半、当時のソ連(ソビエト連邦、現在のロシア)の国防省と科学アカデミーにおいても同様の測位衛星システムの検討が始まっていた。要求は「より素早く、より高精度に高さも含む3次元の位置を測定できること」。

当時のソ連の測位衛星システム「ツィカーダ」は、主に艦艇用で測定できるのは緯度と経度の2次元のみ。さらには精密に位置を測定しようとすると2時間程度は衛星からの信号を受信し続ける必要があった。それを、瞬時に3次元で測定できるようにして、航空機やミサイルでも使えるものにしようと考えたわけだ。米国がトランシットからGPSへと進んだのと、全く同じ動機だった。

開発の動機は同じ、使える技術も大きくは違わない ──ということで、ソ連の次世代測位衛星システムでありGLONASSは、GPSと非常に似たものになった。GLONASSはキリル文字表記では「ГЛОНАСС。ГЛОбальная НАвигационная Спутниковая Система」の略、つまり全世界的測位衛星システムで、これまたGPS(Global Positioning System)、全世界的測位システムとほぼ同じである。

傾きが異なる3軌道に8機ずつ配置

「GLONASSの軌道」イラスト

GLONASSの測位原理は、精密な時刻情報と衛星の軌道情報から自分の位置を連立方程式で計算するというもので、GPSと同一だ。しかも全地球を覆うように配置する衛星機数も最低24機と、GPSと同じになった。測位精度も10m程度と、GPSと同等である。しかし似てはいるものの、GLONASSはGPSとは異なるシステムだった。

使用する軌道は、GPSが高度2万200km、周期12時間の円軌道なのに対して、GLONASSは高度1万9,100kmで、周期11時間15分の軌道と若干異なる。またGPSは、軌道傾斜角55度の傾き方向が異なる6つの軌道に、それぞれ4機の衛星を配置するのに対して、GLONASSは軌道傾斜角64.8度で傾き方向が異なる3軌道に、それぞれ8機を配置する。

使用する電波の帯域はGPSと同じLバンド(0.5~1.5GHz)。しかし電波に信号を乗せる変調方式は、GPSがCDMA(符号分割多元接続)という方式を使っているのに対して、GLONASSはFDMA(周波数多重分割)という方式を採用した。また、信号のフォーマットも若干異なっている。

1983年、最初のウラガン衛星を打ち上げ

「ウラガン衛星」イラスト

1976年12月、ソ連共産党中央委員会とソ連最高会議幹部会は、GLONASS計画の推進を承認し、実際のシステムの開発が始まった。GPSの各衛星が「ナブスター(Navstar)」という名前を持つのに対して、GLONASSの衛星は「ウラガン(ロシア語で嵐という意味)」と命名された。最初のウラガン衛星は1983年8月に打ち上げられた。打ち上げは秘匿され、ソ連の秘密衛星の通例として「コスモス1490」というコードナンバーのみが公開された。

ソ連の技術開発は、一般的にアメリカよりも慎重だ。第1世代と第2世代初期のウラガン衛星は技術試験が目的で、衛星寿命も1年程度と短かった。最初の実用衛星と目される第2世代衛星改良型の「ウラガン・ブロックIIv」衛星の打ち上げが始まったのは、計画開始から12年を経た1988年9月のことである。

1991年12月にソ連は崩壊したが、GLONASSはロシアに引き継がれ、そのまま計画は継続した。1996年1月、24機のウラガン衛星が軌道上に配備されて、GLONASSはシステムとして完成した。しかし、この時点でロシアは深刻な財政難に陥っており、GLOANSSを維持することができなくなっていた。「ウラガン・ブロックIIv」衛星の設計寿命は3年だったために機能を停止する衛星が出始めた。にもかかわらず、ロシアは欠けていく衛星に追い付くペースで新衛星を打ち上げることができなかった。21世紀初頭の段階で、稼働しているGLONASS衛星の数は1桁台にまで減っていた。

2003年からグロナスM衛星の打ち上げを開始

「GLONASS-M衛星」イラスト

2000年にロシア大統領に就任したウラジーミル・プーチン大統領は、この状態を良しとせず、就任早々にGLONASSの再建を宇宙計画の最優先課題に据えた。すでに測位衛星システムが軍用だけではなく、民間の経済にとっても有用であることは世界的な常識となっており、GLONASSを失うわけにはいかなかったのである。

この頃からウラガンという衛星名称はあまり使われなくなり、衛星も「GLONASS」と呼ばれるようになった。設計寿命が7年と長くなった新型のGLONASS-M衛星は、2003年12月から打ち上げが始まった。その後は年3~6機のハイペースでGLONASS衛星の打ち上げを進め、2011年11月に24機体制に復帰した。衛星を軽量化すると同時に寿命を10~12年まで延ばした最新型のGLONASS-K衛星も、2011年と2014年に試験機が打ち上げられて、軌道上で技術実証を行っている。

しかし、1990年代の経済危機によりロシアの航空宇宙産業は弱体化し、打ち上げ失敗の増加がGLONASSの不安要因となっている。2010年と2013年には、それぞれ3機のGLONASS衛星を搭載したプロトンロケットが打ち上げに失敗し、衛星も失われた。ロシアが今後とも24機体制を維持できるかどうかは、ひとえにロケットの打ち上げが成功するかにかかっている。

(松浦 晋也・ノンフィクション作家/科学技術ジャーナリスト)

 
「航法の歴史」(連載中)