コンテンツです

慶應大学 神武直彦:位置情報が様々なイノベーション創出に貢献する社会を実現したい

2016年06月06日
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科 准教授 神武直彦

位置情報や測位技術をスポーツや農業、マーケティングなど様々な分野に活用する研究に取り組んでいる慶應義塾大学の神武直彦准教授。位置情報ビジネスをテーマとして、今週6月8~10日に千葉・幕張メッセで開催される「ロケーションビジネスジャパン2016」の実行委員長も務めます。その幅広い活動の中核に据えられた「位置情報」と「システムデザイン」をキーワードに、準天頂衛星システム「みちびき」への期待を伺いました。

新しい位置情報ビジネスを創出・発展させたい

慶應義塾大学大学院 准教授 神武直彦氏

── 「ロケーションビジネスジャパン」では、筑波大学ラグビー部の古川拓生監督(筑波大学体育系 准教授)と対談されるそうですが。

神武 6月10日の基調講演で、古川監督をお迎えして「いかにデータをスポーツに利用して選手やチームのパフォーマンスを向上させるか?」というテーマで対談します。最近ではラグビーのエディー・ジョーンズさん(前ラグビー日本代表ヘッドコーチ)がGPSロガーやドローンなどを使って選手のポジショニングや立ってプレイしていた時間などを計測し、トレーニング指導や戦略立案などに役立てていたことが知られています。

測位技術がトップアスリートに活用されると、自然と他のアスリートにも利用が広がり、その上、身近なスポーツで普通に使われるようになれば、スポーツによる様々な社会課題の解決にも活用されるようになると思います。私の研究室も、人工衛星やITサービスなどの研究開発で活躍している学生だけでなく、最近ではアスリートが増えてきました。オリンピックメダリストや高校ラグビーで花園(全国高校ラグビー大会)にキャプテンとして出場した学生、ラクロスで大学日本一になった学生もいます。

両者はある意味まったく違う分野に興味があるように思われますが、根底にある問題意識は意外と近いこともあり、また、異なる知見をあえて融合すると様々な化学変化が起きて、実に面白いです。

── イベント全体のテーマも、そうした発想に基づいているのでしょうか。

神武 測位衛星は今やGPSだけでなく、軌道上には常時100機以上存在し、高精度測位が世界中どこでも可能な世の中になっています。特に、アジアはその環境が最も優れた地域です。スマートフォンなどが普及して多くのモノがつながり、IoT(Internet of Things)の社会が当然の状況になりましたし、地図などの空間情報に関わるデータも、高精細のものから誰でも利用できる無料のものまで幅広く揃ってきました。これらを組み合わせてイノベーションを生み出し、様々な社会課題に貢献できる時代が来ています。

こうした状況下で私たちが社会課題の解決に貢献するには、産業の自律性・持続性が重要になります。今年のテーマ「インフラとしての空間情報を、いかに新しいビジネスにつなげるか」は、「ロケーションビジネスジャパン」が新しい位置情報ビジネスの創出・発展のきっかけとなることを強く意識しています。そうすることで、空間情報分野の人材も育ち、コミュニティも強くなっていくと期待しています。

日本をモデルに高精度測位を世界にアピールすべき

── 準天頂衛星システムがもたらす衛星測位の精度向上は、社会にどのような影響をもたらすと思われますか。

慶應義塾大学大学院 准教授 神武直彦氏

神武 高精度測位を活用したビジネスには、交通関連や地域創生、農業、インバウンド(訪日外国人)向けビジネス、スポーツ、ヘルスケアなど様々なものがあります。衛星測位の精度が向上すれば、これらのビジネスの質を向上させることができます。また、衛星は、そのインフラを提供している国だけでなく、国境を越えて、提供していない国でも利用できることがメリットの1つで、準天頂衛星の場合はアジアや太平洋地域にも貢献できます。

日本ほど測位機器や地図、インターネット環境、デバイスなどが整った国はあまり見当たりませんし、それらをシステムやサービスとして組み合わせてイノベーションを生み出すためにも、日本やアジア各地を高精度測位のショーケースとして世界にアピールしていくべきだと考えます。

── 具体的にどのような取り組みをお考えですか。

神武 たとえば、マレーシアでプランテーション農業のプロセスを改善する取り組みを行っています。現地の企業や大学、東京大学、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と共同で、地球観測衛星や測位衛星を利用して植樹を支援する新しい仕組みを実現しつつあります。従来、苗を植樹する場合には、植樹するポイント間の距離を複数の作業者がチームになってメジャーで測って植えていたのですが、広い範囲で何百本も行っていくと位置がズレてしまい、時間とコストもかかりました。ところが衛星やドローンから取得した農場の三次元の地形画像を使うことで、植樹のための最適な配置を予め計算でき、植樹する際には植えるポイントの緯度・経度・高さが衛星測位で正確に分かるようになります。

それによって、例えば、今まで100本しか植樹できていなかった農地に、最適な配置で、少ない作業員で、短期間に110本植えることが可能になります。品質を向上させ、コストを抑えることができ、作業時間も短縮することができると考えており、アジア太平洋宇宙機関会議(APRSAF)で認められた国際連携のプロジェクトとしても良い形で進んでいます。

慶應義塾大学大学院 准教授 神武直彦氏

── 海外に向けた人材育成の取り組みについても教えてください。

神武 青山学院大学、事業構想大学院大学、東京海洋大学、東京大学、そして慶應義塾大学の5校が中心となって、各国の大学や企業と連携し、文部科学省などの支援をいただき、「グローバルな学び・成長を実現する社会課題解決型宇宙人材育成プログラム(G-SPASE)」を行っています。これは、日本を含むアジア各国の大学生や大学院生を主な対象とした国際人材育成プログラムで、宇宙インフラと地上インフラを統合しながら、様々なサービスを創出すると共に、サービスやシステムのデザイン力やマネジメント力を持った人材を育成することを目指しています。

実社会での課題解決を念頭に置いて、学生主体でプロジェクトを立ち上げて取り組んでおり、カンボジアでの衛星データやオープンデータを用いたマラリア感染モデルの構築や、タイでのタクシーの位置データを用いた渋滞のモニタや予測システムのデザインなど、様々なプロジェクトが現地の専門家やユーザと共に行われています。この中には、複数のアジアの国々を対象に、準天頂衛星から防災メッセージを配信する早期警報システムや、屋内外におけるシームレスな位置情報サービス、ドローンの高精度制御技術開発および活用手段のデザインなど、準天頂衛星に関わるプロジェクトも含まれています。

「ニーズファースト」の考え方が大事

── 今後、位置情報はさらに生活に深く入り込んでくるのでしょうか。

神武 現在、私は、政府が進める「次期地理空間情報活用推進基本計画」を議論する検討会の委員を務めていて、そこでは地理空間情報を循環させるエコシステムについても議論しています。これまで位置情報のデータは、主に大企業や自治体が提供してきました。しかし今後は、エンドユーザーも自分の位置情報や地域に関する様々なデータを提供できるようになり、データが循環して、データの「提供者」と「利用者」の境界がなくなっていくことになります。そのデータ循環の中では、情報が「いつ」「どこで」得られたかを正確に扱うことが重要になるので、準天頂衛星は人々からの位置情報の正確性や利便性、信頼性を高めるために大きく貢献できると考えています。

「位置情報が様々なイノベーション創出に貢献する社会」を実現するには高精度測位は欠かせない技術であり、準天頂衛星を活用することのメリットを日本やアジア各国で具体的に示すことで、同じ取り組みをしたいというニーズが世界各国で出てくると期待しています。

慶應義塾大学大学院 准教授 神武直彦氏

── 技術が世の中に普及するために必要なことは何だと思いますか。

神武 準天頂衛星には、高精度測位のための機能やメッセージ配信のための機能など、様々な機能がありますが、その価値を多くの利用者に提供するためには、準天頂衛星のみが整備されるだけでは十分ではなく、準天頂衛星からの信号を受信する受信機が広く普及する必要があります。準天頂衛星の多様な機能を持続的に提供するための地上設備の整備や運用も重要ですし、また、準天頂衛星の利用についてのサポートや様々なニーズに対応するためのカスタマーセンターや人材育成のためのプログラム、世界の衛星測位分野で常にイノベーションを起こし続けるための継続的な研究開発や国際連携の取り組みも重要です。

それに加えて、先ほどのマレーシアの植樹の事例のようにリモートセンシングと連携するなど、他分野の技術との融合も必要です。様々な技術を組み合わせてシステムやサービスを開発する時には、「誰をどのように幸せにできるか」「誰がどんなインセンティブを得られるか」をきちんと考えておくべきです。「その課題はなぜ生じていて、それを解決するためには何が必要なのか」という「ニーズファースト」の考え方が大事です。

それを踏まえた上で、「準天頂衛星でできることは何か、どのようにできるのか」という「シーズ」を考えていくべきです。また、中長期的なヴィジョンもとても重要ですから、準天頂衛星が4機体制、7機体制へと発展した先に、測位衛星の分野で日本はどのような世界を実現したいのか、そのために、どのように準天頂衛星を発展させるべきなのか、どのような人材を育て、技術を育てるべきなのか、そのような議論を継続的に行うことが大切だと思います。

慶應義塾大学大学院 准教授 神武直彦氏

関連情報