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横浜国立大学 高橋冨士信:孤軍奮闘のみちびきをスマートフォンから見守る

2015年08月19日
横浜国立大学 未来情報通信医療社会基盤(医療ICT)センター 名誉教授 理学博士 高橋冨士信

この5年間で、東アジア上空の測位衛星の飛翔状況は一変しました。GPS互換性を高めたロシアのGLONASS、中国のBeiDouを含めると約30機が常時日本の上空にあり、みちびきも約半日は天頂付近をゆっくり移動しています。横浜国立大学の高橋冨士信・名誉教授は、そうした環境下でみちびきの信号をスマートフォンで受信するという試みにチャレンジしています。

みちびきをスマホで受信できる魅力を伝える

── スマートフォンで測位衛星系をモニターされていらっしゃいますね。

横浜国立大学 医療ICTセンター 高橋冨士信 名誉教授

高橋 2010年以後、東アジアでは測位衛星のマルチ化、充実化が進み、同時に高度なナビ機能を持つ多数のスマホが生産・販売されてきました。GPSを受信できるスマホは世界で20億台はあると言われますが、そのうち中国が約8億台、インドが約5億台を占めています。これからもどんどん増えていくでしょう。

── それらのスマホは、マルチGNSS対応なのですか。

高橋 中国では富裕層しかiPhoneを使いません。ほとんどの人は安価なアンドロイドOSのスマホを使っています。アンドロイドのチップで今いちばんシェアが高いのは、スナップドラゴン(Snapdragon)です。このチップは、GPSに加えてBeiDouとGLONASSを受信できます。

── みちびきは受信できないのですか。

高橋 残念ながら対応していません。以前、スナップドラゴンと競っていたブロードコムのチップならみちびきを受信できるのですが...

横浜国立大学 医療ICTセンター 高橋冨士信 名誉教授

高橋 しかし、日本では今年5月、ASUSのZenFone 2というみちびきを受信できるスマホが発売されました。このZenFone 2のチップは、インテルのアトムです。ノートパソコンではアトムは有名ですが、これはGPSが受信できない。そこで、サブCPUとしてブロードコムのチップが載っています。スマホでのみちびき受信は、このアトムとブロードコムの組み合わせがどう普及していくかにかかっていると思います。

みちびきが大衆的に使われるには、高価な受信機でなく、皆さんが持っているスマホで受信できる必要があります。みちびきがスマホで受信できる、という魅力をもっと高めていかなくてはいけないと思います。

ネットへの接続は今後、非常に重要

── ということは、スマホですべての測位衛星を見られるわけですね。

高橋 2周波の受信機でみちびきまで受信できるものもありますが、値段は数十万~100万円もします。こうした受信機は主に測地用に使われるもので、世界中でも10万台ぐらいしか使われていないとみています。ですから私は、今後のGNSS利用はスマホが基本になると考えているわけです。

スマホの世界ではA-GPS(Assisted GPS)というサービスが行われています。このA-GPSは、衛星の情報がインターネットで送られてきます。そのためアンテナをスマホのケース内に収めることができ、CPUの強烈な雑音環境でも、測位衛星の微弱な電波を受信できます。複雑な計算はネット側でやるので、少ない電力消費で測位衛星を利用できます。スマホなら、海外でもA-GPSがあるので電源を入れて数十秒で測位情報を利用可能です。これが自律型の受信機だと、10~15分かかることもあります。

── スマホをカーナビとして使う際もA-GPSを利用するのですね。

横浜国立大学 医療ICTセンター 高橋冨士信 名誉教授

高橋 今のカーナビは、自分自身で衛星信号を受信します。多くはネットにつながっていません。しかし、これからはスマホを装置に差し込んで、ネットからのナビ情報を表示するようになります。現在は、地図情報が古くなったら、新しいデータをダウンロードするか、買い替えないといけません。コストもかかります。スマホはLTE(Long Term Evolution、携帯電話の新しい通信規格)で非常に高速でネットにつながります。海外のカーナビはすでにスマホを利用する方向に進み、日本でも対応が始まっています。ネットと接続するのは今後、非常に重要と思います。

マルチGNSSのスマホ利用にはアプリ開発が大事

── スマホでマルチGNSSを利用する時代になると、そのためのアプリケーション開発が大事になってきますね。中国ではどうなっていますか。

高橋 中国語のアプリが山ほど出来ています。中国では1万円のスマホにスナップドラゴンのチップが入っていますから。良いアプリをつくれば企業に採用してもらえる。ひと旗揚げようというハングリーな若者がたくさんいるのです。

BeiDouは2011年に打ち上げが始まり、計画通り現在、十数機の衛星が上がっています。スマホ、そしてLTEの普及時期とBeiDouの打ち上げが重なったのは、中国にとって非常にラッキーでした。自分の国の衛星がたくさん受信できるなら、若い人も一生懸命やります。それに比べて、日本ではアプリ開発の人材が少ないのが気になります。

── 将来、みちびきを受信するアプリを中国の人たちが作る可能性もありますね。

高橋 みちびきが4機体制になれば、スナップドラゴンもみちびきに対応したものが出てくる可能性があります。たぶん中国のユーザーはみちびきの信号を受けてくれます。そうすれば、良いアプリを中国の人たちが作ってしまう可能性もあります。しかしそれはやむを得ないことです。日本も積極的にそれを導入すればいい。アンドロイド系は基本的にソースコードがオープンです。そういう競争はやむを得ないと思います。

世界時や電離圏などでみちびきの独自性を出す

── スマホ以外で、みちびきを他の測位衛星と差別化するアイデアは何かありますか。

横浜国立大学 医療ICTセンター 高橋冨士信 名誉教授

高橋 私は、UT1(世界時 [Universal Time] の種類の1つ)を正確に出すということを提案しています。地球の自転は一様ではありません。UT1は、それを補正した世界時のことですが、いくらGPSの測定をきちんと解析しても、正確なUT1は出せません。これを正確に出せるのは、遠くの天体をVLBI(Very Long Baseline Interferometry、超長基線干渉計)で観測する方法だけです。

国土地理院の測地では、IERS(International Earth Rotation and Reference Systems Service、国際地球回転事業)が出している2~3週間前のUT1のデータから精密暦をつくり、位置を算定します。それを使えば、日本列島規模でUT1が決まります。GPSよりずっといい暦が決まるのです。その暦で補強した場合の効果について、今後検証していくつもりです。

もう1つは電離圏です。日本はGEONET(GNSS連続観測システム)で電離圏の変動を測っています。そういうものを実時間で載せていく。みちびきが4機になった場合には、GPS 4機よりも当然のことながら精度が高いUT1と電離圏の補正ができると思います。オールジャパンで組んでいけば、非常に質の良いデータをみちびきから出せると思います。

── ありがとうございました。

※所属・肩書はインタビュー時のものです。

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