測位航法学会 安田明生:世界トップレベルの衛星測位技術者の養成に貢献する
一般社団法人測位航法学会 会長/国立大学法人東京海洋大学 名誉教授 工学博士 安田明生
毎年開かれている「GPS/GNSSシンポジウム」は、今年10月末の開催で19回目を迎えます。日本の衛星測位をリードする研究者・技術者が一堂に会するこのシンポジウムでは、みちびきもメインテーマの一つとして取り上げられています。今回は、このGPS/GNSSシンポジウムを立ち上げ時から運営されている測位航法学会の安田明生会長に、みちびきに対する期待を伺いました。
学会の目的は、衛星測位技術に関する研究振興と人材育成
── まずは、先生が会長をされている「測位航法学会」の活動について、教えてください。
安田 測位航法学会は、2009年に誕生した学会で、衛星測位技術に関する研究振興と人材育成を目的として活動しています。会員はまだ300名ほどの若い学会です。大きな活動としては3つありまして、1つは春の全国大会(研究発表会)とセミナー。2つめは昨年から始めたサマースクールで、海外と日本の衛星測位の若手の研究者・技術者が計40名ほど、1週間英語漬けで勉強します。
そして3つめが、1996年から続いているGPS/GNSSシンポジウムで、今年で19回目になります。初回のシンポジウムは、日本航海学会の中に「GPS/GNSS研究会」を立ち上げ、しばらくは日本航海学会の中の一研究会の主催ということで開催していました。
参加者が増えるにつれ、メーカーや衛星を使ったサービス事業をされている方の参加が多くなってきましたが、「航海学会の主催では海に関係ない事業者が参加しづらい」という声が上がり、2009年に「測位航法学会」を立ち上げました。名前は変わりましたが、引き続き私が中心となってシンポジウムを運営しています。
毎年開催していて今年が第19回ですが、そのうち2回はION-GNSS(米国航法学会[Institute Of Navigation, ION]が主催する世界的な国際シンポジウムのアジア版[IS-GNSS])として開催されました。このシンポジウムはアジア・オセアニア地区の衛星航法関係の学会が持ち回りで1999年から毎年開催されているもので、今年は10月22日より韓国済州島で開催されます。2015年は日本の当番で、11月16~19日に京都「みやこめっせ」で開催する予定です。
── 先生ご自身が衛星測位に興味を持たれたきっかけは、何でしょうか。
安田 私はもともと電波を使ったプラズマ計測が専門でして、大学(東京商船大学:東京海洋大学の前身)では、航海士の基礎知識としての、一般的な無線通信の話を教えていました。船舶通信・電波航法が主でしたが、衛星通信が船舶に導入されたことにより放送衛星とか気象衛星といったさまざまな衛星信号にもテーマにしました。
さらにそれらを使って測位ができるという論文を書いたりしているうちに、米国のGPS衛星が上がり、当時東京商船大学の汐路丸に搭載された、わが国で最初に開発されたJRC(日本無線)社製のJLR-4000Fを借用して、測位実験により性能を確かめました。
1989年には航海訓練所の北斗丸にGPS受信機を持ち込みオーストラリアへの実習訓練航海に同行させてもらい、広域で実用性・利便性を改めて確認しました。プラズマ計測と衛星測位、一見まったく違うようですが、どちらも電波の位相差を利用した測定手法を使うなど、共通するところがあるのです。
当時のGPS受信機は200万円ぐらいする高価なもので、なかなか買えるものではありませんでしたが、今は小指の爪の半分ぐらいの小さなチップで携帯電話にも入っていますね。最初は船とか車とか、乗り物の場所を測位するという利用が多かったのですが、最近はだんだんと携帯電話のような端末の位置を測位するものが増えてきています。
10月末のシンポジウムでは、みちびきもメインテーマの一つ
── 衛星測位を扱うGPS/GNSSシンポジウムのテーマも変化してきたのでしょうか。
安田 そうですね。第1回を開催した1996年は、まだカーナビが少しずつ普及し始めたばかりで、「GPSって何ができるんだろう」と皆さん新しい技術の可能性に関心を持たれていました。話の内容も「GPSの概要」や、海外のゲストを呼んで「これからGPSはどうなるか」といった話、あとは車や船ではどう使っているのかといった点が中心でした。日程も最初は1日でしたが、翌年からは2日、翌々年からはチュートリアルを加えて3日間となりました。テーマも携帯電話や屋内測位、最近では受信機の話などが増えました。
── みちびきは比較的新しい話題だと思いますが、シンポジウムの中ではかなり大きなテーマなのですね。
安田 みちびきの話題は2003年頃から取り上げていますが、当初は「GPSに匹敵する精度の測位が本当にできるのか」と半信半疑なところもありました。ところが、2010年にみちびき初号機が打ち上がって、その信号を見るとGPS以上の精度が実現できていて、「これはすごい」となって、一気に注目されるようになりました。GPSと同様に使えて、しかも天頂に近いところをゆっくり動くということで、たいへん使いやすい。2018年に4機体制で運用が始まれば、常に1機は高仰角にいる訳ですから、GPSだけでは実現できなかった高精度の測位が可能になり、新しい利用の展開ができると期待しています。
利用促進に向けた大きな課題は「人材育成」
── 先生はマルチGNSSアジア(MGA)の共同議長としても活動されていますが、どのようなことをされているのでしょうか。
安田 MGAは、主に東南アジアの国で、現地の状況を聞きながら、衛星を使ってこんなことができますと提案しています。分野としては防災、精密測位、位置情報サービス(LBS)、高度道路交通システム(ITS)の4つのテーマで、それぞれにグループをつくり、日本企業と現地の方でディスカッションをしています。みちびきの運用に当たっては、モニター局を各国に設置する必要がありますが、設置していただく国でもみちびきを活用していただけるよう、情報共有を進めています。今後は現地の技術者・研究者への教育も重要になると思います。
── 今後、みちびきの利用促進に向けた課題についてはどうお考えでしょうか。
安田 一番大きな課題は人材育成だと思います。というのは、日本では衛星測位を教えるカリキュラムがまだ十分に整備されていないのです。衛星測位や受信機の基礎として、電気電子工学、情報工学、地理学を勉強した人が社会に出て、現場の人と応用していくのが理想ですが、現在の日本でそうした取り組みはほとんどなく、そのせいか、測位航法学会のサマースクールに参加されるエンジニアの方も、業務でGNSSに携わり、この機会にまとまった知識を得たいという方が多いのです。
韓国、中国、台湾などでは大学で衛星測位を教えるコースがあって、オーストラリアでは6つか7つの大学で取り組んでいます。日本の技術は個別に見れば、非常に高いものがあり、こうした背景のもとに組織的な衛星測位研究の拠点をつくらなければと思っています。準天頂システムサービスとしてはこのような動きを積極的にサポートすることも重要な活動ではないでしょうか。
測量の業界には「測量士」という国家資格がありますが、衛星測位にも何か資格制度を設けることで、衛星測位を勉強したいという若い人の目標にできるかもしれません。
── 最後に、準天頂衛星システムサービス株式会社に期待することがあれば、お教えください。
安田 今後、実証実験に取り組んでいくということですが、先行のSPACを上手くサポートして一緒に進めていただければと思います。また、衛星の運用をJAXAから引き継がれますが、JAXAというのは宇宙航空研究開発機構ですから、開発段階を彼らがやって、運用を民間に引き継ぐというのは筋が通っています。JAXAには今後とも衛星測位に関わる先端的な研究を継続してもらい、わが国の技術水準が世界の技術を牽引して行けるよう頑張ってもらいたいと思います。
準天頂衛星システムサービスには、彼らの資源を上手く活用して、世界トップレベルの衛星運用システムを確立していただきたい。また、データは研究目的でなら自由に使えるようオープンにして、きちんとメンテナンスもしていただければと思います。そういうことを期待しています。
── ありがとうございました。
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